オンナ万引きGメン日誌

ベテラン万引きGメンが尊敬してやまない大先輩、「催事のスペシャリスト・敬子」の思い出

2020/01/25 16:00
澄江(保安員)

 こんにちは、保安員の澄江です。   

 先日、久しぶりに新人さんの入社があり、現場におけるインターン研修の指導を任されました。研修現場は、職員の間で「万引き犯の巣窟」と揶揄される大型スーパーM。ここは昭和の最先端といった雰囲気の老舗で、長いこと取り引きさせていただいているクライアントのひとつです。防犯機器の導入もなく、たくさんの常習者を抱えているため、研修には打ってつけのお店と言えるでしょう。新人さんとは、最寄駅の改札口付近で待ち合わせをして、現場まで一緒に向かうことになりました。

「おはようございます。今日一日、よろしくお願いいたします」

 待ち合わせ場所に到着すると、40代と思しき、どこかボーイッシュな感じのする女性が駆け寄ってきました。なんでも部長さんから私の人着(にんちゃく:人の特徴や背格好のこと)を聞いてきたそうで、「すぐにわかりました」と、妙に得意気な顔をしています。型通りの挨拶をかわして、現場に向かうまでの間に話を聞いてみると、今年44歳になるという彼女は独身で、前職ではラブホテルの受付や清掃をしていたとのこと。前の仕事を辞めた理由を尋ねれば、勤務中に殺人事件が発生した際、その第一発見者になってしまったことで嫌気が差したと話しています。


「前の職場では、援助交際しているような女子学生や、部屋で麻薬を使っているような人が普通にいました。私、こう見えても根が真面目なので、そういう人を見ると注意したくなっちゃうんですよ」

 どうやら人並み以上に正義感が強い方のようですが、ただそれだけでは、この仕事は務まりません。声をかけるまでに至るプロセスが、非常に重要なのです。

「そんな簡単に声をかけられることはないから、まずは現場に慣れることから始めた方がいいわよ。声をかけたい気持ちが強すぎると、誤認事故につながりかねないから、常に冷静でいないとね」
「はい、先生! いろいろと勉強させていただきます」

 この日は、2件の捕捉がありましたが、いずれの発見も私の目によるもの。自分で見つけることができず悔しがる彼女に、そのうち1件の声かけを担当してもらいました。実況検分から調書作成まで、警察対応も一通り経験できたそうで、随分と刺激的な1日になったようです。

「今日一日、あっという間でした。インターンの初日に、こんな経験までさせてもらえるなんて……。私も、先生みたいになれるよう、頑張ります」


(私にも、こんな時があったのよね……)

 どこか昂りながらも、尊敬のまなざしで私を見つめる彼女を見て、自分の新人時代のことを思い出しました。今回は、私が尊敬してやまない敬子さんについて、お話ししていきたいと思います。

会社のエース敬子さんと、高級ホテルの催事場へ……

「あなたが、ウワサの澄江ちゃんね」

 入社後まもなく、研修に参加するため事務所の会議室に入ると、この会社のエースであられる先輩保安員の敬子さん(当時52歳)から声をかけられました。どうやら勤務初日に捕らえた少年の件が、みなさんの間でウワサになっていたようで、どんな人なのか私に会ってみたかったと仰ってくれています。

「勤務初日に挙げる人なんて、なかなかいないから、あなたに会える日を楽しみにしていたのよ。この仕事は、気に入ったかしら? 怖いことは、ない?」

 どことなく往年の京塚昌子さん似ている敬子さんは、とてもおおらかな感じがする方で、その口調も柔らかで優しいものでした。一つひとつの言葉から、慈愛に満ちた雰囲気が醸し出されるようで、この人に説諭されたら泣いてしまうような気がします。

「はい。やりがいのある仕事なので、これからも頑張りたいと思います」
「それは、よかった。今度、指名をもらった大きな催事の現場があるんだけど、私と一緒に入ってみない? スーパーと違って、なかなか難しいけど、経験しておいた方がいいと思うわよ」
「本当ですか? 私なんかでよければ、是非お願いします!」

 その翌月、都内にある高級ホテルの催事場で開催された百貨店のセール会場に、敬子さんと2人で入る機会に恵まれました。セール期間は、金曜日から日曜日までの3日間。その初日である当日は、外商の担当がつくような別格のお得意様だけが限定招待されており、場内は煌びやかで優雅な雰囲気に包まれています。

「澄江ちゃん、この状況、どう思う?」
「皆さん裕福そうで、万引きするような人は、いないように見えます」
「そう思うでしょう。それが意外といるのよ。初日は、いつも挙がるから油断しないでね」

新品本/万引きGメンは見た! 伊東ゆう/著