中学受験否定派の「勉強漬けでかわいそう」の声に反論――サッカーをやめた息子の母は語る
幸喜君(仮名)は、小さい頃からとても活発な男の子で、運動神経も抜群。地元にある小学生対象のサッカーチームでは常にエース級の活躍ぶりであった。当然、幸喜君はジュニアユース入りを狙っていたのだが、お姉さんが中学受験を経験しているということもあり、小学校3年生から寺子屋のような地元の受験塾に通っていた。大手塾と違い、小規模塾の方が「融通が利く」ということで選んだそうだ。
ところが、ジュニアユースのセレクションは甘くない。6年夏のことだ。幸喜君のライバルであった歩君(仮名)のみがセレクションを突破し、幸喜君は落ちた。人生初の挫折。彼は一生懸命、考えたそうだ。
「歩は受かって、自分は落ちた。プロから見たら、自分には実力がまだ備わっていないということだ。では、どうすれば実力を磨くことができるのか? 僕はサッカーがやりたい!」
スポーツ推薦を実施している高校はあるが、中学では稀だ。しかも、幸喜君の学区にある公立中学のサッカー部は、幸喜君が求めるレベルには程遠いものだったという。そこで彼の出した結論はこうだった。サッカー名門と呼ばれるX学園のサッカー部に行くこと。そしてプロになる――!
このX学園は、難関校。幸喜君は本気で勉強に立ち向かわないと無理だと言い、母・美紀さん(仮名)に自ら転塾を希望して、有名中学受験専門塾の門を叩いた。そして、今までの遅れを取り戻すかのように必死で勉強したという。
「当然、周りからはいろいろ言われました。『(セレクションを落ちたくらいで)サッカーをやめさせられて、夜遅くまで勉強させられてかわいそうに!』って。これには困惑しましたね。サッカーをやっていた時の方が、よほどきつい生活をしていたんですが、世間には『スポーツはいくらやってもいいが、勉強はかわいそう』っていう価値観があるんですね……」とは美紀さんの弁だ。
当時、美紀さんは幸喜君に、「急にサッカーやめちゃったから、ストレス溜まるでしょ? 無理しなくていいんだよ」と聞いたことがあったそうだ。
「そしたら、幸喜がこう言ったんですよ。『お母さん、勉強も楽しいよ』って。『サッカーで得点を上げた時もワクワクしたけど、問題が解けた時もすっごくうれしい! それに、僕はサッカーをやめたんじゃなくて、続けるために(受験勉強を)やってるんだ』ってね」
そして、美紀さんに、その日習ったばかりの「星の話」や「戦国時代の話」「速さの公式について」などを楽しそうに話して聞かせたという。
「ウチの場合はですが、受験勉強であらゆる基礎知識を吸収できたことが、すごく良かったと思っています。歴史も化学も、もちろん算数も、私よりも知識豊富になったんじゃないでしょうか? 私が勝てるとしたら、ギリギリ国語の語彙力だけだったかもしれません(笑)。それに、『本番で自分の力を最大限に出すため準備をする』って経験はとても素晴らしいもの。スポーツであっても、勉強であっても同じだと思います。受験勉強中心の生活も、サッカー中心の生活もそれぞれ大変でしたが、幸喜が夢中になっていたので、やらせて良かったです」
幸喜君のその後をお伝えしておこう。幸喜君はX学園のサッカー部で活躍したが、途中、ケガが原因でプロはあきらめざるを得なかったという。今、彼はアスリートをサポートする整形外科医になるべく医大に通っている。