中学受験「算数」の落とし穴――最終模試で息子の偏差値を暴落させた、父親の「スパルタ塾」
“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。
中学受験では多くの学校で「算数」が重要視されている。今では算数1科目だけの入試を行う学校もあるくらいだ。しかし、中学受験の算数はかなり難易度が高いので、一度つまずくと、子どもに「苦手意識」が定着してしまい、合格へ大きなブレーキとなってしまうことも多い。
こうなると、本人だけではなく、親の焦りを呼び込みがちになる。勢い、講師の経験もない親が手っ取り早く得点を上げようとして、中学以降で習う公式を暗記させようとするなど、塾とはまったく違う解き方を子どもに強要することもよくある話なのだ。
“父能研”で方程式を強要、息子が大パニックに
健君(仮名)が小6秋のこと。お父さんがいきなり「“父能研”をやる!」と(注:父能研=父親が家庭内で塾講師役を引き受けることを意味する業界スラング)宣言した。このお父さんは今まで、仕事が忙しいという理由で中学受験に興味を示さなかったそうだが、健君の模試の偏差値が60台から50台に下がったことで、突然「俺の出番だ!」と言い出したという。学生時代の得意科目が数学だったそうで、その日から、自宅での「スパルタ算数塾」が始まった。
ところが、このお父さんに中学受験の経験がなかったことが災いし、「方程式で解く」ということにこだわったため、健君の頭は大混乱をきたすようになる。というのも、小学校でも塾でも方程式は使わないので、「今までの解き方とは違うことを言われている」ように、健君は感じたのであろう。
お父さんは、健君が算数の問題を線分図で解こうとすると、横からこんなふうに口出しをしていたそうだ。
「何度言ったらわかるんだ? 入試はスピードだ! そんなまどろっこしいことをして、いくらあっても時間が足りないぞ!」
そこで、健君はお父さんに言われた通り、懸命に「XやY」を書きながら、問題を解こうとしたらしいが、まったくもって正答にはたどり着けず、余計にお父さんの苛立ちを買ってしまったのだという。
絶対に方程式で解いてはいけないということはないのだが、中学受験の算数の問題は、「今、わかっている条件から、何がわかるか? さらに、そこから、何が考えられるか?」というアプローチで解くものが多く、それは、数学の定理・公式を当てはめて考えるというアプローチとは異なるものなのだ。上位校になればなるほど、手を動かし、試行錯誤を繰り返させるような問題を作成している。逆に言えば、方程式という“裏技”が使えない問題も頻出しているのだ。
一般的に、数学の「定理・公式を当てはめる」といった抽象的なものの考え方ができるようになるには、年齢を重ねないと難しい面もあると言われている。つまり、小学生にとって「数学」の方程式は、理解の範疇を超えるものなのである。むしろ、小学生に求められる「算数」の力とは、条件を視覚化し、試行錯誤しながら正解を導き出す“閃き”。そしてこれこそが「算数」の醍醐味でもあるわけだ。
健君はもともと算数が得意科目であったらしいが、次第に、これまで間違えることがなかった計算問題でもケアレスミスを連発するようになったという。そしてついに最終模試で、今まで取ったことのない「42」という偏差値を叩き出し、ここでお父さんは初めて、窮状を塾に訴えたそうだ。