【特集:安倍政権に狙われる多様性ある社会】

女性やマイノリティの権利、女性運動はなぜ“後退”したのか――バックラッシュ~現代に続く安倍政権の狙いを読む

2019/12/19 21:30
小島かほり
『社会運動の戸惑い  フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』(山口智美、 斉藤正美、 荻上チキ/勁草書房)

 先日発表された、世界経済フォーラムによる「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数」2019年版で、過去最低の121位となった日本。なぜこの国は、女性が生きにくいのか。「女性活躍」という時代のもと、なぜ私たち女性は苦しくなっているのだろうか。

 「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展・その後」の中止・再開騒動や補助金の不交付をめぐる騒動、徴用工訴訟に端を発した日韓対立など、安倍晋三首相や政権中枢、それを支える日本最大の保守団体「日本会議」の歴史修正主義が日本社会を文化的・経済的に混乱させている。安倍首相は、国会議員としてのキャリア初期から「慰安婦」問題を否定し、歴史修正主義の動きに関わり、各方面に圧力をかけてきた。その姿勢から見えてくるのは強烈なセクシズムの姿だ。だが、第二次安倍政権以降、「女性活躍」政策を打ち出しているために、その反動性が見えづらくなっている。しかし、今後国会で争点になるであろう憲法、教育、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)の“改悪”を通して女性や子ども、マイノリティの権利は脅かされ、「多様性ある社会」も後退の危機に瀕することが予想される。そこで今回の特集では、安倍政権や日本会議の狙いと危険性を、項目ごとに検証する。

なぜ日本で女性運動は“後退”した?

 第1回では、安倍首相が1993年に議員当選した直後から積極的に関わってきた「慰安婦」問題とフェミニズムへのバックラッシュを振り返りながら、保守派の狙いを浮き彫りにしつつ、日本における女性運動の“後退”についても考えたい。

 本稿でいうバックラッシュとは、男女共同参画社会の流れを止めようとする政治・市民運動の総称を指す。女性差別撤廃条約や、国連での会議の積み重ねなどを経て、95年に北京で国連世界女性会議が開催された。こうした動きを受け、日本でも99年に男女共同参画社会基本法が成立したが、その直後から保守派の“攻撃”が始まる。国会や地方議会では、保守系議員の質問の中で、男女共同参画条例への攻撃が行われたり、男女共同参画条例制定に向けたタウンミーティングに保守派が押しかけて「フェミニズムは共産主義」などとわめいたりすることもあった。右派論壇誌などでも男女共同参画は「過激なフェミニズム」の陰謀などとして批判され、ネット上でも叩かれるなど、あらゆる手段でのフェミニズムへの反動の動きがあった。

 ほかにも、都立養護学校での性教育に都議が介入した七生養護学校事件(※1)や、母子衛生研究会発行の性教育副教材『思春期のためのラブ&ボディBOOK』が、不備もないのに山谷えり子参議院議員の批判によって回収・絶版となった事件に象徴されるような性教育バックラッシュが起こった。また東京都国分寺市での上野千鶴子・東大教授(当時)の講演キャンセルや、福井県生活学習館から上野氏らの著作を含む約150冊が書棚から撤去される(※2)など、さまざまな事案が全国で起こった。


 多くの事案で、日本会議系団体の動きがみられ、人脈的にも重なりが見られる。彼らの狙いは一体なんだったのか。バックラッシュについて、行政側や女性運動関係者、バックラッシャーと呼ばれる保守団体/議員側双方の聞き取りをまとめた共著『社会運動の戸惑い』(斉藤正美・荻上チキ、勁草書房)を持つ、モンタナ州立大学教員の山口智美さんに話を聞いた。

――まず初めに、安倍政権を支える「日本会議」についてご説明いただけますか。

山口智美氏(以下、山口) 日本会議は、会員4万人ほどの保守団体です。それだけでは大きな勢力ではないのですが、神社本庁や、新生佛教教団などといった宗教団体が参加しているため、裾野が広く、動員に長けていて、署名・集会活動を得意としています。共通のイシューを持っている団体というよりは、右派団体の集合体といったようなイメージでしょうか。「日本会議国会議員懇談会」には安倍首相をはじめ、現内閣の閣僚が多く名を連ねています。

※1 都立七生養護学校(現七生特別支援学校)では、知的障害を持つ子どもたちが理解しやすいように工夫を凝らした人形や歌を通じて性教育を行っていたが、03年7月に土屋敬之都議(当時)が都議会でこれを批判。後日、都議や杉並区議らと共に産経新聞の記者が同校を訪れ、教材や授業内容を非難。翌日には産経新聞が「まるでアダルト・ショップ」と記事にした。校長をはじめ大量の教員が処分されたが、一部の教員らが裁判を起こす。13年に最高裁が原告・被告双方の上告を棄却。それにより、当時の都議3人と都に計210万円の賠償を命じた一、二審判決が確定した。

※2 06年4月に「福井県生活学習館 ユー・アイふくい」の情報ルームに置かれていた図書が、男女共同参画の内容にふさわしくないと撤去されたもの。その苦情は、県が委嘱した男女共同参画推進員のひとりが申し立てたのだったが、実は彼は反フェミニズム側の統一教会(当時)関係者であり、行政制度を利用してバックラッシュを行った事例として知られる。『社会運動の戸惑い』には、彼への聞き取りも収録されている。


社会運動の戸惑い