[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』

韓国映画『弁護人』、公開から6年後の今話題になる背景――「検察」という韓国社会の“怒り”の対象

2019/11/29 20:30
崔盛旭

盧元大統領から、文大統領、曹氏に受け継がれた思い

事件によって、ウソクは初めて検察や警察の横暴さを知る(C)2013 Next Entertainment World & Withus Film Co. Ltd. All Rights Reserved.

 盧元大統領は弁護士時代、このような経験を通じて強大な権力を振るう検察の弊害や理不尽さを身をもってかみ締めたのだろう。だからこそ彼は検察改革に取り組んだに違いないし、側近らにも「検察を権力から自由にさせたい」と漏らしていたそうだ。人権弁護士から大統領となった盧氏の、人間中心の哲学、脱権力の姿勢、庶民的な言動は多くの国民に愛され、韓国歴代大統領の中では唯一「ノ・サ・モ」(“盧武鉉を愛する人々の会”の略称)というファンクラブが存在したほどである。観客動員1,100万という大ヒットの背景には、このような「人間盧武鉉の魅力」へのノスタルジアとともに、80年代を一緒に闘い抜いた386世代(80年代に大学に入った、60年代生まれの、1990年代当時30代だった世代)からの支持や彼を死に追いやった横暴な検察への怒りなどがあるといえるだろう。

 そんな盧元大統領にとって、現在の文大統領は政治的同志であり親友でもあった。盧政権下で要職を務め、同じ志を持つ文氏が、盧元大統領が成し得なかった検察改革を目指すのは当然であり、研究者の立場から長年にわたって検察改革を主張してきた曺国氏を、多少の人間的瑕疵はあるにせよ、重用しようとしたのも十分に理解できる。

 かつての朴槿恵(パク・クネ)元大統領絡みのスキャンダルもあり、日本では曺国氏の家族をめぐる報道にばかり注目が集まるのも無理はないが、盧元大統領から曺国氏に至る流れを振り返ってみると、今回の曺氏の辞任には、正直もったいないという思いを禁じ得ない。ただし、曺氏は「人権保護捜査規則の制定」や「検察組織の縮小」など、最低限の手は打ってから辞任した。盧元大統領から受け継がれた検察改革は、まだスタートしたばかりである。

崔盛旭(チェ・ソンウク)

1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正  戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻  スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。


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最終更新:2019/11/29 20:30
弁護人
国民が常に監視していないと、権力はすぐに暴走する