余裕がない教員、精神疾患による休職は「年間5,000人」――キャリア教育の現状と学校の悲鳴
2020年度からスタートする、小中高校生が学校生活の目標を設定して、どの程度を達成できたのかを自己評価するための「キャリア・パスポート」。法政大学 キャリアデザイン学部教授・児美川孝一郎氏の解説によると、児童生徒が、自らの学習や活動を振り返ることで成長を実感し自己肯定感を高めるものであり、教員は成績の評価につなげるのではなく指導の材料にするというのが、本来の狙いとのこと。しかし、「キャリア・パスポート」をいい方向に生かすには、各学校や教員の力量によるところが大きいそうだ。現在、教員の過重労働が社会問題化しているが、そんな中「キャリア・パスポート」を導入して、果たしてうまく機能するのだろうか。
キャリア教育が「やりっぱなし」になる可能性も
――「キャリア・パスポート」が学校現場に導入される背景について教えてください。
児美川孝一郎氏(以下、児美川) いわゆる学校での「キャリア教育」ですが、02年に文部科学省内に「キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議」が設置され、04年にその報告書「児童生徒一人一人の勤労観、職業観を育てるために」が発表されました。それから15年ほどたち、学校では「職業調べ」「職場体験」「社会人講話」などが行われていますが、「やりっぱなし」という批判・反省があるのです。キャリア教育をやっても、結局「やりっぱなし」で、児童生徒の「日常」につながっていない、だから、児童生徒も、その内容をすぐに忘れてしまい、役に立っていない。また、小中高と学校間の連携が弱く、同じことを繰り返すなど継続的な指導にもなっていません。その点を工夫しようということで、「キャリア・パスポート」ができた……ということでしょう。理屈だけ見れば納得できなくはありません。しかし、そもそもなぜ「やりっぱなし」で「連携」ができていないのか、問題の原因が考えられていないようにも思います。
――「やりっぱなし」というのは、具体的にどういうことでしょうか。
児美川 例えば、多くの学校で実施されている職場体験。何のために行くのか、生徒に細かい事前指導をしないまま行かせてしまう。行った後にどういうことがわかったか、生徒の気付きを細かく引き出してあげることもない。「作文を書かせて終わり」という学校も少なくないようです。
その理由は、「先生にそこまで余裕がない」から。生徒の希望する職場をマッチングして割り振って、かつ最低限の礼儀とマナーを教え込むだけで精いっぱい。しっかり指導する環境や条件ができてない。「キャリア・パスポート」にしても、その理屈は納得できても、条件を整えないまま実施してどう機能するのか……という懸念がありますね。
――20年度からの教育改革では小学5、6年生で英語が教科化され、プログラミング教育も導入されるなど教員の負担増が懸念されています。「キャリア・パスポート」も、ただでさえ余裕がない先生に、さらに余計な任務を負わせるだけなのではないか、とネット上で指摘されていました。
児美川 その通りです。教員の病気休職(精神疾患)が年間約5,000人。07年度以降、5,000人前後という高水準で推移しており、学校の忙しさを反映していると思われます。条件を整備しないで、上は「やれやれ」とどんどん言う、これは日本の教育の大きな課題です。スクラップアンドビルドではなくビルドアンドビルド、次から次へといろいろな課題が下りてくるんです。これでは、新たな取り組みをこなしきれないのも当然です。1クラスが今の半分の人数だったら、あるいは先生が持っている授業コマ数が今の3分の2であれば、もう少し余裕が出るでしょう。文科省はそうした条件を整備した上で新たな教育課題に取り組めるようにすべきだと感じます。
現場の先生は形合わせだけはやらざるを得ません。となると、「キャリア・パスポート」は宿題にして書かせるでしょう。そうすると生徒は「やらされている」と感じる。それならやる意味がないですし、時間が取られる分やらない方がいいのではないかという気もしてしまいます。先生は少なくとも年に1回は、「キャリア・パスポート」を基に、児童生徒と対話をするなどしてほしいですが、それも難しいとなると、「キャリア・パスポート」の展望は明るくありません。「狙いは悪くないけど、現実にはね……」となる可能性が十分あります。