なぜ兵士は慰安所に並んだのか、なぜ男性は「慰安婦」問題に過剰反応をするのか――戦前から現代まで男性を縛る“有害な男らしさ”
――13年5月の当時大阪市長だった橋下徹氏の「慰安所は必要だった」といういわゆる「橋下発言」(※3)も国内でも反発はありましたが、海外からほどの厳しい目は向けられませんでした。一定層が「納得」したからではないかと危惧していますが、「橋下発言」の危険性を改めて教えてください。
平井氏 「橋下発言」の前から、一般社会でも、年配の女性にも「慰安所は必要悪」という発想はありました。彼はそれを公言したにすぎない。“レイプは性欲が原因であり、男性の性欲というものは解消しなければ暴走する”という「レイプの性欲起源説」「男性神話」を信じる土壌はありましたし、今でもあると思う。まず、個々の兵士の性欲とレイプや慰安所の利用は関係ないことを、ここではっきりと言っておきたいと思います。それは後で述べる、戦争や軍隊が必要とする「男らしさ」と関係があります。
次に、「橋下発言」で重要なポイントは、彼は「世界各国のどの軍隊も女性の性を利用してきた。日本だけがsex slaves、sex slaveryと言われて、批判されるのはアンフェアだ」という旨の発言をした。それは一面では、正しい。他国の軍隊も、戦時下では性暴力や売春宿を利用してきました。正義の戦いといわれる「ノルマンディー上陸作戦」(※4)後のフランスでも、米軍は大量のレイプや買春をしています。 韓国軍も、朝鮮戦争のときに国連軍向けの慰安所を作った。橋下氏の「各国どの軍隊もやってる」というのは、その通りなんですよ。だからこそ、「なぜ日本だけが責められるんだ」と戦争犯罪の相対化をするのではなく、世界中で取り組むべき共通課題にしなければならないと思います。その動きはグローバル社会でできつつあり、紛争下の性暴力を戦争犯罪として裁くICC(国際刑事裁判所)が発足しました。橋下さんはそのような世界史的潮流をご存じないようで残念です。
先ほど話に出た『新・ゴーマニズム宣言』では、「慰安婦」問題に関して、「祖国のため 子孫のため 戦った男たちの性欲を許せ!」と描かれている。橋下さんや小林さんのように、“兵士個人が性欲を持ち、その解消のためには慰安所が必要”と、慰安所設置の根拠を個人の性欲にしてしまうと本質が見えない。兵士を慰安所に並ぶよう誘導した軍による兵士の性的コントロールこそが問題なのです。
――軍の性的コントロールと構造について、具体的に教えてください。
平井氏 まず各国の軍隊共通のメカニズムとして押さえておきたいこと、これはスーザン・ブラウンミラーというフェミニスト/ ジャーナリストが言っていることですが、 強制売春宿や戦場レイプは「戦術」という意味を持つということ。 例えば第二次世界大戦中、 ドイツ軍が大量のソ連女性を強姦しているのですが、 彼女の主張によると、これはナチスの恐怖作戦の一環(※5)。 逆に大戦末期にソ連軍がベルリンに侵攻した際に、大量レイプ事件が発生しますが、それは「報復」です。日中戦争で日本軍が抗日ゲリラ地区で行った「三光作戦」(焼光・殺光・槍光=焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くす)でも、それに付随して、討伐時に逃げ遅れた女性たちを一定期間監禁し性暴力を振るうという「レイプセンター」のような「慰安所」が作られました。
――それらの戦術は、家父長制社会でいうところの「女性は男性の所有物だ」という考え方から生まれたものですか?
平井氏 そうです。女性はその国の男性のものなので、妻や娘がレイプされることは「自分たちの女を守れなかった」という、敗者の男性にとって最大の恥辱。武器を使わずに最大限に相手を攻撃することが可能で、勝者側の優位性や支配を敗者の目に焼き付けるための戦術のひとつだということです。
(※3)5月13日午前に大阪市役所で記者団に対し、「あれだけ銃弾の雨嵐のごとく飛び交う中で、命かけてそこを走っていくときに、そりゃ精神的に高ぶっている集団、やっぱりどこかで休息じゃないけども、そういうことをさせてあげようと思ったら、慰安婦制度ってのは必要だということは誰だってわかるわけです」と話し、同日夕方には「僕は沖縄の海兵隊、普天間(基地)に行った時に司令官の方にもっと風俗業活用してほしいって言ったんですよ。そしたら司令官はもう凍り付いたように、苦笑いになってしまって」と発言。その後、内外からの反発を考慮してか、26日には「私の認識と見解」を公表し、「戦場において、世界各国の兵士が女性を性の対象として利用してきたことは厳然たる歴史的事実です」「日本は自らの過去の過ちを直視し、決して正当化してはならないことを大前提としつつ、世界各国もsex slaves、sex slaveryというレッテルを貼って日本だけを非難することで終わってはならないということです」と、日本以外にも「慰安所」に似たシステムがあったと強く訴えた。
(※4)1944年に行われた、ナチス・ドイツ占領下にあったフランスを解放するための連合国軍による軍事作戦。
(※5)近年では、このドイツ軍のソ連における性暴力を「戦略」 とするブラウンミラーの主張を否定する研究が出されている。 歴史学者のレギーナ・ミュールホイザーは、 2017年4月の東京での講演で、「ドイツの軍指導部が性暴力の行使命令を明確に下したことを示唆するものは何もなかった」としつつも、性暴力を把握していた軍は、 軍事的計算からそれを黙認していたと指摘。1)死との埋め合わせとしての兵士の性、2)集団の団結力と結束・上官への忠誠、3)敵の社会の紐帯を破壊する、という3つの意味のみにおいて、「ソ連における性暴力は戦争遂行の武器であり、手段であった」と語っている(「戦時期の性暴力と性的搾取―第二次世界大戦下のドイツの場合」姫岡とし子・小野寺拓也訳)。したがって、大きな意味においてレイプは戦闘手段・ 戦術の一つとしてとらえられると考える。