『ザ・ノンフィクション』なにが三次郎をそこまで銭湯に駆り立てるのか「ボクは梅湯の三次郎~野望編~」
「人の上に立ち、目的の意識付けを図り、仕事を他人に任せる」というマネジメント業務は苦労の多い仕事だ。三次郎自身も、人に指示するより自分でやった方が楽と話していたが、二店舗運営となるとそうはいかない。さらに三次郎の野望は二店舗にとどまらず、同じく銭湯で働く弟とともに、後継者問題で経営が立ち行かなくなっている全国の銭湯を積極的に「引き取る」方針で、番組内では東京まで遠征もしていた。
そのような中、三次郎は新規スタッフを自分の銭湯の顧客や、銭湯イベントで知り合った人からスカウトする形にしていた。単に予算上の都合かもしれないが、求人サイトに広告掲載はしていない。「イチから求人」はリスキーだ。口だけ調子のいいことをいう人などゴマンとおり、たいていの組織に「なぜあんなのを採ったのか」という人材の一人や二人はいるだろう。面接以外の場で、すでに数回話したことのある人であれば、そういった残念なケースは防ぎやすくなる。
番組内で、三次郎のスタッフが一番「しでかしていた」のは、深夜シフトの若手スタッフ・陸が無断で早退し たときだ。陸は、まだあどけないと言っていいほど表情など若く、自分を雇用した三次郎のことを「先輩っていう感じでも上司って感じでもない、ここをやってくれている人」 と屈託なく話す様子も、しみじみ若い。
三次郎は無断早退に激怒しクビにしようとしていたが、陸は銭湯を辞めたくないと話し、その後も働いている姿が放送で確認できた。陸の若さに免じ、三次郎は「一発アウト」としなかったのだろう。この経験は若い陸にも、できれば自ら動きたい派の三次郎にも、貴重なものになったのではないだろうか。
25歳の女性スタッフ・藤内 は、女将候補として三次郎にも期待されていたが、兼業していたため都湯への参画が十分にできず、てきぱき動いているスタッフと自分を比較し落ち込むこともあった。しかし、番組の最後には当初苦戦していたボイラーも手慣れた様子で操作するなど成長を遂げていた。
番組の最後で、三次郎は藤内のことを「やる気がすごくあり、思いが強い人がいるっていうのは強いですよね」 と評価していた。「思いだけが空回りする」ケースもなくはないが、しかし仕事は最終的には思いの強さがモノを言う。やる気がないことにはどうしようもないのだ。
そして思いの強さは三次郎がダントツで、半端なく強い。都湯の経営が不振と知ればビラを配り、銭湯の前でプラカードを掲げて通行人に声を掛け続け、かたや全国の銭湯に提携できないか飛び込み営業に行く。邪険にされることも多いというが、めげていない。放送を見る限り、三次郎のもとに集まったスタッフが大きな問題を起こさなかったのも、この三次郎の銭湯への並々ならぬ思いが伝わっていたからではないだろうか。
しかし、何が三次郎をそこまで銭湯に駆り立てるのだろう。そもそも「減っている」業界なのだから、金銭的なうまみはあまりないはずだ。滅びゆく文化をなんとか継承したいという熱意、若手銭湯界の旗手として、培ってきた日々への自負や誇り、そして銭湯愛がそうさせているのだろうが、気になることもあった。番組終盤、スタッフと花見をしているとき以外、三次郎にほぼ笑顔はなかったことだ。
もともと表情があまり出ない人のようにも見えたし、何よりボロボロの銭湯を補修しながら、素人のスタッフを引き連れての経営なので、ヘラヘラしてる余裕などないのかもしれない。しかし笑わない三次郎が、スタッフとシェアして暮らす散らかった家で、ふりかけご飯を食べ、休日をほぼ持たず黙々と銭湯の仕事をこなしていく日々に、「銭湯への愛」を超え「銭湯への執念」めいたものを感じてしまった。仕事で名を残す人になるには、ここまでしないといけないのだろう。
次回の『ザ・ノンフィクション』も仕事をテーマにした『社長と竜造 葛西臨海公園物語』。飲食店運営会社が社運をかけた葛西臨海公園プロジェクトに挑む。竜造の出す企画に、ことごとくダメ出しする社長の真意とは?
石徹白未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂