老いゆく親と、どう向き合う?【5回】

父は被害者なのに――老人ホーム、認知症の入居者とのトラブル【老いてゆく親と向き合う】

2019/06/02 19:00
坂口鈴香

ホームに楽しみが見つけられなくなった父

 父親の部屋に勝ってに入ってきていた男性は、その後、廊下で便をしたり、ほかの入居者に暴力をふるったりするようになり、迷惑行為がエスカレートしていった。

「父が言うには、わざとほかの入居者に足をひっかけて転ばせたこともあったそうです。『優しく言い聞かせなさい』と父を怒った施設長も、さすがにこれ以上この男性をホームにおいておくのは危ないと思ったのでしょう。入院するためにホームを退去することになり、ようやく父は安心できるようになりました」

 一方で、ほかの入居者にも変化があった。福田さんの父親が入居してしばらくは、父親と気の合う入居者が何人かいて一緒に囲碁や将棋をしていたが、そうした入居者もほかの施設に移ったり、体調や介護状態が悪化して部屋から出られなくなったりして、今、父親の話し相手はほとんどいなくなったという。

 ホームの活気もなくなっていった。ホーム主催の外出イベントは年に数回開かれているが、参加する人はごくわずか。サークル活動も以前は行われていたが、今はなくなってしまったと福田さんは嘆く。

「いずれはうちの親もそういう道をたどるのはよくわかってはいます。自宅で過ごせなくなった両親をここで介護してくれているのは、本当にありがたいとは思っています。それでも、父のように足腰は弱ってきてはいるものの、頭ははっきりしていて、人とのコミュニケーションなどの社会的なつながりを求めている人に、ホームが何もしてくれないというのは、私が見てもつらいものがあります。楽しみも生きがいも見出せない、そんな居心地の悪い場所が両親の終の棲家となるということに、胸が痛んで仕方ありません」


 父親の意欲がなくなってしまう前に、施設長が替わればまだ間に合うかもしれない。運営側がホームの評判が悪くなったと知れば、施設長を替えて、立て直しを試みることは少なくないからだ。評判の良い施設長が、別のホームからやってきて立て直しに取り組めば、再び生き生きとした暮らしやすいホームになる、という例は多い。そのかわりに、今度はそれまでの施設長が異動したホームが変容していく可能性もあるのだが――。

坂口鈴香(さかぐち・すずか)
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。 

【老いゆく親と向き合う】シリーズ
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最終更新:2019/06/03 12:10
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終の棲家という言葉の重さよ……