“SNSにおける小さな快楽”の先にある真っ暗な闇――『静かに、ねぇ、静かに』の読後感の悪さ
――本屋にあまた並ぶ新刊の中から、サイゾーウーマン読者の本棚に入れたい書籍・コミックを紹介します。
■『静かに、ねぇ、静かに』(本谷有希子、講談社)
■概要
演劇界で頭角を現し、小説家としても野間文芸新人賞、三島由紀夫賞、そして17年に『異類婚姻譚』で芥川賞受賞と、主な純文学系文学賞を総なめにしている本谷有希子の芥川賞受賞後初作品『静かに、ねえ、静かに』。「本当の旅」「奥さん、犬は大丈夫だよね?」「でぶのハッピーバースデー」という3本の中編・短編が収められ、インターネットに翻弄され、人生を浸食される人々を、一見コミカルに、時に皮肉とかすかな憐憫を込めて描き切ったノワール集になっている。
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『静かに、ねえ、静かに』は、インターネットに救いを求め、“オフラインの現実”に裏切られる現代の人々を描いた中編~短編集だ。
インスタグラムにアップする写真に“本当”を求める3人組がクアラルンプールを旅する「本当の旅」、ネットショッピング依存から抜け出せない女性が、夫によって強引に倹約家夫婦とキャンプさせられる「奥さん、犬は大丈夫だよね?」、うまくいかない現実にくすぶり、自分たちの“不幸の印”を世間に見せつけるために動画撮影を始める夫婦を描いた「でぶのハッピーバースデー」の3編が収められている。
どの作品にも、もし身近にいたらネタにしてしまうようなキャラクターばかり登場し、喜劇のように話が進められるのに、破滅や悲劇を予感させた直後にスピードを上げ、突然なにもない暗闇に静かに放り出される。幽霊もいないし、現実的にあり得ることしか起きないのに、その読み心地はホラー小説に近い。
特にその味わいが濃いのは、冒頭に収められた、LCCでクアラルンプールを旅行する3人の“若者ふう”中年の道中が書かれる「本当の旅」だ。「社会から報酬を貰わないことで、人とは違う眼差しを手に入れてる」42歳、おそらくニートのインスタグラマー“づっちん”。知り合いの店を転々とし、今はTシャツ屋に勤める“ヤマコ”。づっちんに心酔し、づっちんの勧めで細々と地方で兼業農家を始めた39歳の“ハネケン”。3人の共通項は、インスタグラムを通して「世界中に僕らのポジティブなヴァイブレーションを行き渡らせ」ようとしていることだ。
旅行でうまくいかないことがあっても、目の前の光景を面白おかしく切り取り、ネガティブな言葉は吐かない。空港で旅のスタートを台無しにした鈍くさいおばさんを写真から削除し、雑踏でぶつかって怒りだしたクアラルンプールのおじさんを動画から削除しながら、一瞬よぎったはずのネガティブな感情をなかったことにして、「清らかな心」で何事にも感謝する3人。料理を皿に残したまま、自分たちが投稿した食事風景を見て「美味しそう」「俺ら仲よさそう」と喜び合う。残って冷めた魚料理を「とても食べられた代物ではない」と思いつつ、ハネケンはつぶやく。「僕が本当はどう感じたかなんて、たいしたことではないのだ。大切なのは、料理が美味しそうなこと。旅が楽しそうなこと。僕らが幸せそうなことなんだ」