なぜ「虐待する親」「パートナーの虐待を止めない親」が生まれるのか、臨床心理士が心理状態を分析
――パートナーの虐待を黙認、加担する母親の心をケアするにはどうしたらいいのでしょうか?
杉山 一番は、周囲のサポートによって生活を整えてあげることです。恐怖に支配されている場合は、その対象から引き離すだけでは、恐怖対象の元に戻ってしまう可能性があるので、「離れても安全」ということを実感させたり、1人でも生活できる自信をつけてあげることも大切。ただ、衣食住や金銭面だけでなく、ケースによっては、常に誰かがそばにいてあげる必要もあるなど、言葉で言うほどたやすくはありません。それに、いくつもの要因が絡んでいることが非常に多いため、必要となるケアはとても複雑になります。現時点では、児童相談所がその役割を担っていますが、十分に対応しきれていないのが実情でしょう。そのため、せめて子どもだけは安全な環境で養育すべきといった流れになっていますが、親が子どもを手放そうとしないなど、問題は山積みです。
――虐待しているのに、子どもを手放さないのはなぜでしょうか?
杉山 先ほども言ったように、脳内動物のバランスは状況や刺激で変化するため、心に余裕があるときや機嫌のいいときは、心から子どもをかわいいと思っているんです。また、精神科医や児童相談所の職員と話をするとき、それが刺激となって気持ちが引き締まり、“猿の脳”や“ヒトの脳”がしっかり機能するので、きちんと受け答えできるし、いい親を演じようとする。恐らく、虐待をする親も、トータル的に見ると正常な時間の方が長いのではないでしょうか。脳内動物のバランスが崩れ、親としての責任を忘れてしまうそのわずかな時間に、子どもが敵に見えたり、パートナーの方が大事に思えたり、子どもの存在を忘れたくなるなど、いろんな心理が重なって、虐待へと発展してしまうんです。
――“正常な時間”や“機嫌がいいとき”に、虐待している自分を振り返って反省することはないのでしょうか?
杉山 人間には、いい気分を保つためにイヤなことを考えない「防衛機制」という自我の働きがあります。虐待をしている親にとって、正常な時間や機嫌がいい時間は幸せなひとときなので、無意識のうちに、虐待のことを考えないようにしてしまうんです。あとは、我に返ったことによって、自分の社会的立場などに不安を感じて、反省よりも、虐待を隠す方に思考が働く、また、現実逃避して“なかったこと”にしてしまうこともあります。2010年に起こった「大阪2児餓死事件」(母親が長期間にわたって家を空け、子ども2人を餓死させた事件)の母親は、このような心理状況だった可能性があります。
――虐待する親は、世間から“モンスター”のように見られがちですが、その心理をひもとくと、親側もまたケアされるべき多くの問題を抱えていることに気づかされます。
杉山 脳内動物のバランスが常に完璧な人などいません。つまり、誰にでも“虐待する親”になる可能性があるんです。まずはそれを知ることが、虐待をなくすために必要なのではないでしょうか。
杉山崇(すぎやま・たかし)
神奈川大学心理相談センター所長、人間科学部教授。公益社団法人日本心理学会代議員。子育て支援、障害児教育、犯罪者矯正、職場のメンタルヘルスなど、さまざまな心理系の職域を経験。『心理学者・脳科学者が子育てでしていること、していないこと』(主婦の友社)など著書多数。