私立中の懇談会で「こんな偏差値の低い学校に」と泣く母――中学受験での不合格は“負け”なのか?
思考停止に陥った健斗くんのお母さんは、泣きながら塾に電話を入れたという。塾長に、「健斗、電話に出られますか?」と言われ、子機を健斗くんの部屋に持って行きドアを閉める。すると数分後、健斗くんは部屋から出て来て「塾に行ってくる」と言ったそうだ。
あとから聞いたところによると、電話で塾長は健斗くんに対し、「健斗、布団被って泣いているだけでいいのか? そんな暇あったら今すぐ、塾に来い!」と呼び出し、こんな話をしたという。
「健斗、オマエ、番号がなかった画面を目に焼き付けたな? 良し! だったら、それでいい。オマエ、ここに来たのは明日のためだよな? だったら、明日のことだけを考えろ。明日、合格するために何が必要なのかを考えろ! オマエ、なんで落ちたんだ?」
すると、家では閉じこもって泣いていた健斗くんだが、冷静に塾長にこう返事をしたそうだ。
「先生、1回目は、僕はこの問題に手こずってしまって、パニックになっていました。それで、時間配分を間違えました。2回目は、周りが皆、できるように思えてきちゃって、『2回目の方が難易度は上がるのに本当に大丈夫かな?』っていう弱気な気持ちが出たせいだと思います。先生が『1点にくらいついていけ!』ってアドバイスしてくれていたのに、それをすっかり忘れて、雰囲気に呑まれてしまったのが敗因です。でも、僕は明日、もう一度、頑張るから、先生、問題に付き合ってくれませんか?」
その後、塾長は「オマエほどB中学の過去問をやりこんできた奴はいない」「今までは丁度いい練習だった」「オマエの本当の実力はこんなもんじゃない」と健斗くんを励ましてくれたとのこと。お母さんが、塾から戻って来た健斗くんに、「明日はB中学にトライするの?」と尋ねると、「当たり前だろ? まだ、僕の勝負は終わってない!」とすっかり息を吹き返していたそうだ。
中学受験は最後の“蜜月”である
中学受験は、母が子どもをサポートするものと思われるかもしれないが、母がパニックに陥ったとき、逆に子どもに救われることもある。健斗くんのお母さんは後日、私にこう話してくれた。
「あの時、健斗が私の目の前で『今、大きくなった!』って思えたんです。大番狂わせとも言われたような4連敗って状態で、それを嫌というほど叩きつけられて、でも、それを逃げずに受け止めて、自分で這い上がってきたんですよね。私は健斗の3回目の合格よりも、このことが本当にうれしくて……。『ああ、成長したんだなぁ。いつのまにか、母よりもウンと大きくなったんだなぁ』『この子はこれから先もきっと大丈夫』って心から思えたことが、私には本当にうれしいことだったんです」
中学受験は、母が我が子に伴走できる最後の“蜜月”である。「アッ、今、(我が子が)大きくなった!」というシーンの一番近くの目撃者になれるのは、母にとって、たまらなく贅沢なことなのかもしれない。中学受験は実は、合否による苦しみ以上に、子育てにおけるかけがいのない瞬間に立ち会えるチャンスでもあるのだ。
(鳥居りんこ)