W不倫15年、彼が脳梗塞で帰らぬ人に――「彼の最期に立ち会ったのは私」と語る女の胸中
「とうとう我慢できなくなって、前の職場で一緒だった人にさりげなくメールをしてみました。するとやはり彼が倒れた、と。イヤな予感は当たっていました。しかも1カ月たってもまだ目を覚まさないというんです」
あまり詳しく尋ねるのも疑惑を生む。適当なところでメールのやりとりを切り上げた。ただ、入院先は聞いた。元の仕事仲間なのだから、お見舞いくらい行ってもいいのではないか……。ミヤさんの思いは日に日に強くなっていく。どんな姿でもいい、彼に会いたかった。一方で、そんな彼を見るのが怖い。彼は、私にそういう姿を見られたいと思うだろうかと考えると、なかなか足が前に出ない。
迷いに迷ったが、ある日、いつものように腕時計をつけながら、彼が呼んでいると感じた。その日、仕事が終わると彼女は彼の病院に駆けつけた。病室の前に行くと、医師や看護師が出たり入ったりと騒がしい。
「ご家族の方ですか」
看護師に問われてふっと頷いてしまった。中に入ると、彼にはたくさんの管がつながれている。思わず枕元に立って彼の手を握った。
「延命はしない……ということでしたから」
医師がぼそぼそと言う。ミヤさんは頷きながら、彼ならそう言うだろうと感じていた。彼の手に一瞬、力がこもった。彼女もぎゅっと握り返す。耳元で「ミヤよ」と言うと、彼の目からつっと涙がこぼれた。次の瞬間、彼の手から力が抜けた。
「思いがけず、私は彼の最期に立ち会ってしまったんです。彼の親友という方に後から聞いたら、彼の奥さんとお子さんは、その日に見舞って帰ったところだったらしい。病院から連絡があってあわてて戻ったのですが、間に合わなかった、と。私は彼の手から力が抜けた後、すっと室内から立ち去りました。病院側も家族側も、そのことについては触れず、騒ぎにはならなかったようです」
彼女自身、そのときの自分の行動をよく覚えていないという。もしかしたら、私の魂が彼に会いに行っただけかも、と小さい声で言った。
「お葬式の案内は、彼の親友からもらったんですが、私は行かれなかった。彼の死を認めたくなかったんだと思います。その後、彼の親友という方に会って、彼の話をいろいろしました。一緒になるはずだったのに、1人で先に逝くなんて嘘つきですよね……」
彼女の目が潤んだ。最期に立ち会えたのは、やはり彼が呼んだのかもしれない。長年の不倫では、連絡が取れなくなったままで、亡くなってしばらくたってから、ようやく知り合いから聞かされたという話もある。亡くなったことも知らせてもらえない関係なのだ。
「今でもつらいです」
彼女はふっと時計を見た。彼からもらった時計が今も彼女の腕にはまっている。
亀山早苗(かめやま・さなえ)
1960年東京生まれ。明治大学文学部卒。不倫、結婚、離婚、性をテーマに取材を続けるフリーライター。「All About恋愛・結婚」にて専門家として恋愛コラムを連載中。近著に『アラフォーの傷跡 女40歳の迷い道』(鹿砦社)『人はなぜ不倫をするのか』(SBクリエティブ)ほか、多数。