フィギュア少女の「孤独」に私たちは救われる……『スピン』の描く苦しみ・喜びの福音
張り詰める冷気。ほのかに漂う汗の香り。誰よりも早くリンクへと降り立った彼女は、確かに孤独ではあったのだが、ブレードが氷を削る音を聞きながら、不思議と心が満たされていくのを感じていたことだろう。何者にも邪魔をされることがない、私だけの清潔な王国。その感覚を、アイススケートになどついぞ縁がない私も、なぜか知っているような気がした。
『スピン』(河出書房新社)は著者、ティリー・ウォルデンの自伝的作品であり、将来有望なフィギュアスケーターであった少女の視点から、練習に明け暮れる日々、得恋の喜び、悲しい恋の終わり、息苦しい母との関係を描いたグラフィックノベルだ。
彼女には秘密があった。同性愛者だったのだ。
「5つのときから自分がゲイ※だとわかっていた。わたしはもうすぐ12歳になる」
「スケートは奇妙な敗北感をわたしにつきつけてくる。女らしい要素のすべてに嫌悪を抱きながらなおも惹かれた」
「とっくに気づいていたからといって、楽になるわけじゃない」
「いけないことだとわかっていたから誰にも胸の内を明かさなかった」
「だから密かに恋をした。何度も何度も。報われるなんてただの一度も考えなかった」
心を削り出すかのような痛切なモノローグが読む者の胸を締め付ける。あきらめることで自らを守ろうとしていた彼女は、しかし恋に落ちた。
「初恋は誰にとっても特別だ。だが年の浅い秘密のゲイ同士となると、話はまったく違ってくる」
「覚えているのはスリルでも自由な感覚でもなく―」
「恐怖だった」
保守的なテキサスの地で、彼女たちの孤独感はいかばかりのものだったろう。同性愛者に対してヘイトを叫ぶ映像に一抹の不安を覚えながらも、気持ちだけは止められなかった。やがてその関係は親たちの知るところとなり、突然の終局が訪れる。悲しい恋の終わり。だが後に、彼女はこう振り返るのだった。
「誰かがわたしに好意を返してくれるなんて思いもしなかった。でもレイの気持ちは本物だった」
彼女は懸命に世界と和解しようとしていた。思い出すのは大島弓子の『バナナブレッドのプディング』(白泉社)のこのセリフだ。
「わたし 薔薇の木は大好きだった でも 薔薇の木から 好きだよなんて いってもらえるなんて 夢にも思わなかった 夢にも 思わなかったわ……」
国や人種を超えてマンガの魂が共鳴する。主人公の在りよう、世界と対峙するスタンスは、どこか大島や岡崎京子の作品に似ている。