「出産リミットが見えて焦りが」長期不倫8年目、結婚と出産願望で揺れる38歳の岐路
その日の帰りは彼がタクシーで彼女の自宅まで送ってくれた。
「部長の耳元で囁いたんです。『コーヒーでも飲みませんか』って。部長はしばらく考えていました。『お願い。今日だけでいいから』と私はまた囁きました。誕生日に1人で帰りたくなかった。私はそういう女っぽいことは思わないたちなんですが、その日だけは本当に1人でいたくなかったんです」
彼女の住むマンション前にタクシーが止まると、部長も黙って一緒に降りた。
「本当にコーヒーを飲んでいろいろおしゃべりして……。でもそのうち私が我慢できなくなって部長にしがみついて、とうとうそういう関係になりました。生まれて初めて続きですけど、部長とひとつになったとき、『生きててよかった』と思った。言ってから、私は結構“消えたい願望”も強かったんだなってわかりました。部長は終わってからもずっと抱きしめていてくれて、それがすごくうれしくて」
ナツコさんの目が潤んだ。父性と男性性、どちらも部長から感じ取ったのだろう。それが、彼女の部長への信頼感と愛情がずっと続いてきたゆえんではないか。
「それからは公私を使い分けるのが大変でしたけど、仕事上は容赦しないからと部長に言われていたので、それまで以上に必死に仕事をしました。彼には家庭があるから、2人きりで会えるのは月に数回かな。外で食事をしてうちに寄っていくというパターンができあがりました。それまでは会社から見て、私は彼の家とは反対側に住んでいたので、1年たったとき、彼の家の方向に引っ越しました。私のところから彼の家までは2キロくらい。タクシーでも1,000円かからない距離だから、終電がなくなっても大丈夫」
彼はめったに泊まっていくことはなかったが、彼女が引っ越してからは目論見通り深夜までいることはよくあった。
彼女は彼を奪い取りたい、などとは考えたこともないという。
「彼のお子さんたちが受験の時期は『子どもたちのケアをしてやりたいから、今月は会えない』と言われたこともあります。奥さんの具合が悪いなんてことも、正直に伝えてくれる。私はもともと、彼の家庭的なところ、お父さん的なところも含めて好きなので、そういうことにまったく嫉妬はないんです。むしろ話してくれてありがたいなと思っていました」
出産リミットが見えてきて……
一方で彼も彼女を縛りつけるつもりはないと言ったそうだ。もし好きな人ができたら、いつでも言ってほしいと。自分は絶対に邪魔はしない、と。お互いに相手の気持ちを優先し続けて8年がたった。
「あっという間の8年でした。すぐ10年たってしまうんだろうなと思うけど、最近、少しだけ『このままでいいのかな』と焦燥感みたいなものを感じているところはあります。たぶん出産リミットが見えてきたからでしょうね。学生時代の友達も、ほとんど結婚して子どもがいるから。ただ、私自身、どうしても家庭がほしいのか、子どもがほしいのかと言われるとイエスとは言いがたい。過去のことはもうどうでもいいんですが、家庭の味を知らないところにまだコンプレックスがないわけではないし、自分がいい家庭を作れるとも思えない。そこをたどると、結局、親の離婚にいきついてしまうのだけど、親には親の事情があったと今は思えるから責めるつもりもなくて……。母は相変わらず元気ですよ。田舎のスナックで、70歳になっても、まだ男となんだかんだやっているんじゃないでしょうか(笑)。それでも私を育ててくれたわけだし、今となっては元気でいればいいと笑えますけどね」
弟は20代半ばで早くも結婚、今は3児の父として楽しそうに暮らしているという。姉と弟、同じ境遇で育っても家庭観はまったく違う。
「私は……どうするんでしょうね。彼は私にとって理想的な人だけど、人生を一緒に歩めるわけではない。でも人生を一緒に歩むこと自体が幻想かもしれない。幸い、定年まで勤められるから仕事をしながら独身でいるのも悪くないかなと思いつつ、うーん、誰かと暮らすのもいいのかな、と。もうじき39歳、とにかく揺れています」
揺れているとは言いながら、今は現状に満足感を得ているのだろう。曇りのない笑顔が彼女の内面を表していた。
亀山早苗(かめやま・さなえ)
1960年東京生まれ。明治大学文学部卒。不倫、結婚、離婚、性をテーマに取材を続けるフリーライター。「All About恋愛・結婚」にて専門家として恋愛コラムを連載中。近著に『アラフォーの傷跡 女40歳の迷い道』(鹿砦社)『人はなぜ不倫をするのか』(SBクリエティブ)ほか、多数。