サイゾーウーマンカルチャーブックレビューイグ・ノーベル賞は感動的コメディ!? カルチャー [サイジョの本棚] イグ・ノーベル賞、感動的コメディとなった「動物になってみる」男たちの偉業 2017/12/09 19:00 ブックレビューサイ女の本棚 あまりにも寒くて外に出たくない日や、気持ちよさそうに飛ぶ鳥を見たとき、「人間以外の動物になってみたい」と思ったことがある人は多いだろう。普通なら、一瞬空想するだけだが、中には真剣に他の動物になろうと試みる人がいる。今回は、人間以外の動物になろうとして、2016年のイグ・ノーベル賞(生物学賞)を受賞した2冊のサイエンス・ドキュメントを紹介する。 ■『人間をお休みしてヤギになってみた結果』(新潮文庫/著: トーマス・トウェイツ ) 『人間をお休みしてヤギになってみた結果』は、就職活動がうまくいかないフリーランスのデザイナー33歳男性が、“ヤギになって人間の悩み事を忘れ、草を食べながら、のんびりアルプス山脈をわたる”ために、試行錯誤を重ねたサイエンス・ドキュメント。 笑えるエッセイを読むような、完全現代口語訳も巧みなテキストで、四足歩行するための装具や芝生から栄養をとる装置を開発し、アルプス山脈でヤギの群れと共に草を食べた日々を綴り、イグ・ノーベル賞を受賞した。 著者は、2009年、ゼロからトースターを作ったレポート『ゼロからトースターを作ってみた結果』(新潮文庫)で、世界的にヒットを飛ばしたトーマス・トウェイツ。それから4年たち、「自分は一発屋ではないか」と将来の不安に襲われた彼は、なぜか、「数週間、人間を“お休み”して悩みを忘れ、本能だけで生きたい」と、他の動物になるプロジェクトに取り組み始める。 時間把握能力を「切る」ために、脳に磁気ショックを与えてみたり、義足を作るためにヤギを解剖したり、草から栄養を取るための人工内臓を作ろうとしたり。著者の「ヤギになりたいし、なんとなくできる気がする」という、狂気を感じさせるほどブレない情熱が、家畜史、文化人類学、動物生理学、解剖学、脳科学などなどたくさんの分野の扉を開き、読者に複数分野の最新の知見を横断的に見せてくれる。 著者は、各分野の最前線の現場で働く専門家や学者にアプローチをかけ、快活に切り込んでいく。獣医解剖学の権威に「ギャロップをしたい」と宣言して止められ、動物生理学の専門家に、ヤギの内臓にいる微生物の体内摂取を提案して「いやいやいや」と押しとどめられ、義肢装具士に再び「ギャロップをしたい」と言って「体がぶっ壊れる」とやっぱり止められ――。いい大人たちが「ヤギになれる可能性/ヤギになれない理由」について意見を戦わせるやり取りは、どちらも真剣なだけにコメディのようだ。 それでも「なんとなくできる気がする」という著者の情熱に、多くの研究者が好奇心を刺激され(もしくは心配から)、今までに作られたことのない四足歩行用装具が作られ、ヤギの解剖も手助けされる。最終的に、スイスのヤギ農家に訝しまれながらも、アルプスのヤギの群れに加わり、草原を渡り、草を食べながらヤギから“形の変わった仲間”としてわずかにだが受け入れられる様子は、かなり感動的ですらある。 人間は、今のところはまだ、何にでもなれるわけではないけれども、普通の人が想像する以上のことができる。と、書くのは簡単だが、実践してみせるのは並大抵のことではない。笑いにまぶしながらも、貴重な偉業を収めている本書は、読んだ人をきっと元気にしてくれるだろう。 次のページ 一貫して冷静に、当たり前のように四足歩行する 12次のページ 関連記事 谷崎潤一郎「女の王国」、岡本かの子「3人の男奴隷」文豪の私生活スキャンダルを読む3冊ジョブズとウォズニアック、ユングとフロイト……“相棒”との出会いで才能が花開いたペアの6段階「ちゃんとした料理を作らなきゃ」「ていねいに暮らさなきゃ」、“料理”に自分で呪いをかけてない?男もファッションも大好きなフェミニストが、「男らしさ」に苦しむ男性も救う?田中カツやキュリー夫人ら“偉人”のイメージに隠れた、人間臭い真の魅力に迫る