ジョンマスター騒動が明らかにした、オーガニックを謳う旨味と「合成物=悪」の刷り込み
「植物由来100%」を売りにし、「地球に敬意を払うラグジュアリーブランド」をコンセプトとする米国発祥の人気オーガニックコスメブランド「ジョンマスターオーガニック」が騒動になっている。商品の成分表示ラベルに、使用していない植物由来成分を記載していたことや、実際にはシリコーンなどの化合物が入っていたことが判明し、シャンプーやコンディショナーなど121万個を自主回収する事態となった。
ネット上には同ブランド商品愛用者の「オーガニックじゃなかったどころの騒ぎじゃない」「シャンプーもヘアスプレーも成分違う。なのに表示間違いって事で済ませようとしている」などと憤怒の声が続出し、オーガニックコスメ全体への不信感も広がりつつある。今回のジョンマスターオーガニックの騒動の問題点と、オーガニックコスメの課題について、『オトナ女子のための美肌図鑑』(ワニブックス)などの著者であり、化粧品の企画開発に携わる、かずのすけ氏に聞いた。
――ジョンマスターが消費者に隠していた成分のうち、最も問題と思われるものは何でしょうか?
かずのすけ氏(以下、敬称略) 全商品38種を眺めると、これまで隠していた成分はかなり多いですが、消費者の関心なども踏まえて選ぶとするなら、一番問題なのはトリートメントに入っていた「ジメチコン」などのシリコーン類だったと思います。化学的に言えば、これらのシリコーン類は地肌にダメージを与えたり、髪に悪い成分というわけではありませんが、「ノンシリコン」を謳って販売されていた製品だったので、これが実際に入っていたのは大きな問題です。
消費者としては、シリコーンを避けて行き着いたのがこのブランドであった可能性が高く、本ブランドの製品が1つ5,000円近い高額製品だったにもかかわらず、使用し続けた理由の大半を占めていたはず。それが入っていたなら、これまで支払ったお金を返してほしいという気持ちになってもおかしくありません。
化学的視点で言うならば、シリコーンよりもシャンプーに配合されていた「オレフィン(C14-16)スルホン酸Na」という成分の方が、地肌荒れや髪への負荷の大きい成分なので、こちらも忘れたくないですね。市販の安価シャンプーと同等の洗浄成分です。
――オーガニックコスメはここ数年人気が継続していますが、オーガニックだとどういった効能があるんでしょうか?
かずのすけ 実質的には、「オーガニックコスメ」だからと言って何か良い効果があったり肌や髪に優しかったりという、消費者にとっての利点はほとんどありません。現在の日本ではオーガニックコスメと称するのに特別な決まりごとはなく、化学成分を配合していてもオーガニックを名乗ることができますし、そもそも有機栽培を意味する言葉なので、化粧品とはあまり関係がないのです。
植物成分や天然成分などを多く配合している、という一般見解に従ったとしても、これらの成分にはむしろ天然の毒素や不純物が含まれることが多いため、化粧品の成分としては優れたものではありません。病院で天然の薬草を使わないように、化粧品も天然の成分をそのまま使うことはほぼなく、化学的な処理を加えて単離した成分や不純物を含まない純な成分を合成して作ることがほとんどです。合成成分は危険という思い込みをしている人も多いですが、不純物だらけの天然の成分よりも純粋な合成成分の方が化学的には断然安全です。
ただし、ひとつオーガニックコスメの利点を上げるならば、体に良いイメージがあるため、それによる精神的なプラシーボ効果が見込めることでしょうか。
――かずのすけさん自身は、オーガニックコスメ業界にどんな印象を持ってますか?
かずのすけ 「消費者にはあまりメリットがない」と話しましたが、その一方で企業としては「オーガニックコスメ」を謳うことには非常に大きなメリットがあります。消費者一般に、「オーガニックコスメ」という言葉の印象がとても良いのと、「オーガニック=天然」というイメージから天然の希少成分を配合していたり、合成の大量生産品ではないという印象が強いことから商品の価格を多少つり上げても、また商品そのものの使用感が多少悪くても購入してもらえるという点です。
今回のジョンマス事件でも同じく、例えばシャンプーは1本5,000円と相当高額の商品で、使用感もあまり良好とは言えないものでも、イメージや成分への期待値から消費者は何の疑念も抱かず購入していたわけです。このようなメリットから、メーカーサイドにとって「オーガニックコスメ」というパワーワードは利用価値が大いにあるのです。しかし、実際の成分や使用感で勝負するのではなく、イメージに訴える商法を利用する以上、私個人としてはオーガニック業界全般に対してあまり良い印象を持っていません。
――オーガニックを謳ったり、オーガニックイメージを巧妙に演出する商品で失敗しないよう、気をつけるポイントは?
かずのすけ 化粧品というのは、気持ちを上げる効果によるプラス側面も大いに重要なものですので、良いイメージを作り上げることは非常に大切です。なので、今回の事件のように成分を隠してイメージだけを利用するような「悪用」でなければ、オーガニックコスメの良質なイメージを活用するのは悪いことではないと思います。
日本では厳密な定義がないため、化学成分も使用するオーガニックコスメやナチュラルコスメが多数あるのは事実です。成分の特性を考えれば、天然や植物に凝りすぎるよりも、そういった天然の良質なイメージと、化学成分の安全性を融合させた商品の方が、使用性も安全性も良好だと考えられます。なので、化学製品を全て悪のように吹聴するメーカーやブランドにはやはり注意していただきたいのと、オーガニックを謳っているのであれば、そのブランドにとってのオーガニックがどういうものなのか、消費者にわかるようにしっかりと定義づけして、その内容に完璧に沿う商品を作っているかどうかを、確認してほしいと思います。
かずのすけ
美容を教える化学の先生。横浜国立大学大学院卒。環境学修士・教育学学士。美容を化学的に解説するブログ「かずのすけの化粧品評論と美容化学についてのぼやき」は月間500万アクセスを超える。その他化粧品の企画開発、セミナー講師、執筆業などを行う。著書に『オトナ女子のための美肌図鑑』(ワニブックス)『化学者が美肌コスメを選んだら』(三五館)。