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[サイジョの本棚]

谷崎潤一郎「女の王国」、岡本かの子「3人の男奴隷」文豪の私生活スキャンダルを読む3冊

2017/08/06 21:00

 妻たちを傷つけてでも、若い千萬子から芸術の刺激を受けようとする晩年の谷崎の執念、「自分たちこそが谷崎のミューズである」というプライドを傷つけられつつも、表面上は取り乱さず、静かに水面下で千萬子を遠ざける策略をめぐらせる松子・重子の老姉妹、谷崎の寵愛を頼りに高価な品々から生活費、住処までも手に入れつつ、決して一線は踏み越えない千萬子。それぞれの業の深さとえぐみが、ドロドロ劇の一歩手前までは表れるが、重子の上品な語り口で決して口当たりは悪くない。そして終盤には、重子が押し殺していた“姉の付録ではない私”が奔流し、谷崎作品の背徳的な雰囲気をも湛える展開を迎える。

 事実には沿っていても、内面の真実は当事者たちにしかわからない。あくまでフィクションとして、当時世間から好奇の目で見られた「谷崎一家」の隆盛と静かな終焉が堪能できる。

『かの子撩乱』(講談社文庫/著: 瀬戸内晴美 ※瀬戸内寂聴)

 そして、谷崎に翻弄された重子たちの姿とリンクしたのは、新刊ではないが、谷崎と同時代に活躍した作家・岡本かの子の生涯を追う評伝小説『かの子撩乱』だ。同作の取材で、かの子の妹・きんは生前のかの子を回想してこう語る。

「ああいう強い個性の芸術家が一人誕生するためには、まわりの者はみんな肥料に吸いとられてしまうのでございましょうか。姉の芸術のかげにはそれはそれはたくさんの犠牲が捧げられております」

 谷崎と同時代に活躍した小説家・岡本かの子。今なら、「岡本太郎の母」と言った方が身近に感じられる人が多いかもしれない。急逝したため執筆期間は短いものの、川端康成は「最近もつとも立派な仕事をしつつある作家の一人だ」(原文ママ)と評している。文学に生涯をささげたかの子もまた、小説のために自らが女王として君臨する「王国」をつくり上げ、夫、愛人、書生らと同居していた。きんも、その王国を補助する一員として、時に身の回りの世話をしていた1人といえる。

 瀬戸内寂聴氏の『かのこ撩乱』は、ノンフィクションの体を取りつつ、かの子、夫・一平の内面まで深く踏み込んだ、評伝の枠には収まらない作品だ。当事者含む関係者への取材、未発表(当時)だった資料、そしてかの子が憑依したかのような心理描写が精緻に編みこまれ、かの子の生涯を中心に、かの子の夫で、新聞漫画家の第一人者として時代の寵児だった一平、恋人として同居した仁田(仮名)、長男である岡本太郎らで構成された“岡本一家”の流転が描かれる。

 晩年の作品自体は高く評価されるものの、私生活や本人の振る舞いについては毀誉褒貶どちらも激しかった岡本かの子。熱狂的に愛されるか、嫌われ敬遠されるか、好悪が極端に分かれる彼女の生涯を簡単に語ることはできないが、最も好奇の目を集めたうわさの1つは「夫と恋人、さらにもう1人の男性との同居」という伝説だろう。

 当時、世間からはひそかに男妾と笑われることもあった仁田、垣松(仮名)の2人の男性は、決して経済的に独立できない「ヒモ」だったわけではない。垣松は、岡本家に住み、かの子夫婦の身の回りの世話をしながら、大学で講師を務めていた。戦後には島根県知事を2期務めている人物でもあるが、彼にとっては「自分の一番輝かしい生活だったのは、かの子さんと暮らしていたころ」と語るほど、生涯唯一の時期となった。

 仁田も、慶應大学病院の優秀な医師だった。名家の生まれで、「人妻に溺れて男妾になった」と世間から笑われる息子を心配した仁田の母が、岡本家に出向いたものの、むしろかの子を気に入り「この人の元なら」と息子を置いて戻ったエピソードも残っている。かの子の死後、夫の一平としばらく共に暮らしお互いを支えた仁田もまた、かの子と同居した日々が最も華やいでいた時期であると、寂聴氏に語る。そんな2人の目には、「男妾」とあざ笑う世間には見えない景色が広がっているようだ。

 かの子は、才能を持った男性たちを思うがままに従えた。それは、谷崎と同じく「芸術」のために必要不可欠だと信じていたからだと分析されている。寂聴氏は、信じるままに生きる暴力的なかの子の純粋さを、「一人の女が、怖しい芸術の魔神に魅入られ、三人の男を奴隷のように足元にふみすえ、その生血をしぼりとり、それを肥料に次第に自分の才能を肥えふとらせていく」(原文ママ)と表現する。

 本作は雑誌連載の初出から半世紀がたつが、寂聴氏自身もかの子の魔力に絡め取られているかのような筆致は、いまだ熱くみずみずしい。序盤には、学生時代の谷崎とかの子の交流も描かれる。『デンジャラス』を楽しんだ人に、薦めたい作品だ。

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