“『ラストタンゴ・イン・パリ』は本当にレイプだった”という報道は、メディアのミスリード?
■メディアが先走ったゆえの「誤報」!?
イギリス版「Yahoo!映画」が記事のネタにしたYouTube動画は、スペインの非営利団体「El Mundo de Alycia(アリシアの世界)」が編集したもの。11月25日は「女性に対する暴力撤廃の国際デー」であり、それに合わせて、1人でも多くの人の目に留まるようYouTubeに投稿したのだ。米カルチャー誌「Slate」電子版によると、「El Mundo de Alycia」は13年のインタビュー映像を使って動画を制作した理由を、「インタビューは数年前に行われたものですが、ソーシャルネットワークやメディアでの反響は皆無でした。エロティックな映画という扱いで言及される程度の扱いでした……我々はこのような重大なケースが、なぜ世論で非難されないのかと問いかけたかった。不幸なことですが、これは明らかに“後先考えず、女性が対象となる暴行が日々行われている”という一例なのです」と説明しているそうだ。
『ラストタンゴ・イン・パリ』のアナルセックスシーンだが、その後、男が同じ屈辱と痛みを味わうため、女の指を自分の尻に入れさせピストンさせるという展開になる。今回の報道では「アナルレイプ」だけに焦点が当てられているが、そもそも強引なセックスシーンや変態プレイてんこ盛りの映画なのである。とはいえ評論家からは「男の身勝手な暴力性やメンタルが見事に描かれている」と高い評価を得て、アカデミー賞などにもノミネートされている。
この映画がトラウマとなり、マリアの人生が狂ったのは事実だが、マーロンもアナル攻めされ悶える演技をし、アルコール依存症の元妻から「父親としてふさわしくない」と子どもたちの親権を取られるハメになってしまった。マリアだけではなく、マーロンもまた、この映画に出たことで不幸な目に遭っているのである。
04年に80歳で死去したマーロンは、公民権問題にも深く関わるなど、生涯を通して人種差別に強く抗議し続けた活動家でもあった。「ハリウッドにおける人種差別」を訴えるためアカデミー賞受賞を拒否したことも。そんな彼が今、「女性の権利を踏みにじり、10代の若き女優をレイプした」と非難されることについて、遺族は憤りをあらわにしている。米大手ゴシップ芸能サイト「TMZ」の突撃取材を受けたマーロンの息子ミコは、「合意のないレイプシーンだったから、マーロンや監督は罰せられるべき、刑務所で服役すべきだという声がハリウッドからも上がっていますが?」と問われ、「(マーロンが映画で演じた)あの男は(役であって)私の父親ではない。私の父親は人権活動家であり、公民権のために活動し、人々のために尽くしてきたんだ。あの男とは別人だ」と主張。「なんで監督が今、こんな告白をしたと思いますか?」という問いには、「なぜ、今こんなことになっているのか、まったく見当がつかない」「知らない。金か仕事でも欲しくなって言ってるんじゃないか? わからないけど」と吐き捨てるように言った。
そのベルトルッチ監督も、5日に声明を発表。「『ラストタンゴ・イン・パリ』についてこの上なくばかげた誤解を正すのは、これで最後にしたいものだね」と前置きした上で、「数年前、シネマテーク・フランセーズで、例のバターシーンについての質問を受けた。きちんと回答したが、明確に説明していなかったのかもしれないね。私とマーロン・ブランドは、マリアにバターを使うことを伝えてはいなかった、ということを」「我々はバターを使うことに対して、マリアが素でどう反応するかが欲しかった。ここが、誤解されている点だ」と説明。「誰かが、“マリアは暴行されることを事前に伝えられていなかった”と思い込んだ。それは事実ではない!」「マリアは台本を読み、全てを知っていた。台本には全て描写してあったからね。バターを使う、ということだけ知らなかったんだ」と説明した。
今回の騒動は、NPO団体が意図したわけではないとしてもミスリードし、メディアが早とちりしてしまったもの。暴行していないと監督が声明を発表した後も、ジェナ・フィッシャーはTwitterで、「あれはレイプなの!」「レイプしたという証拠作品なの!」とかたくなに非難し続けている。もし、監督も亡くなっていたら「マリアをレイプした事実はない」と弁明もできず、ベルトルッチ監督とマーロンは「とんでもない強姦魔」「男尊女卑野郎」という汚名を着せられ、「19の小娘と50近い老いた男の肉欲映画を作ろうという発想自体がキモい」「レイプ映画」と罵倒されていただろう。そういう意味では、時と場合によっては、誤解に基づいた一方的な意見がまかり通るネットの怖さを教えられるような、なんとも後味の悪い騒動でもあった。