田房永子氏×斉藤章佳氏対談(後編)

痴漢はどうしたら撲滅できるのか? ひとりの加害者が、何千人という被害者を生む現実

2016/08/10 15:00
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「痴漢撲滅キャンペーン」(2016)のポスター/JR東日本プレスリリースより

 日常に潜んでいながら姿が見えない、得体の知れない痴漢加害者は、女性にとって恐怖でしかない。けれど、今日という日も犯罪者は当然の顔をして電車やバスに乗り、犯行を繰り返している。

 被害者として多くの痴漢に接してきた体験を通して、その実態を考える漫画家・ライターの田房永子氏と、性犯罪再犯防止プログラムを通しての現場で、日々多くの元痴漢加害者と向き合っている精神保健福祉士・社会福祉士である斉藤章佳氏。両氏による対談後編は、「痴漢は撲滅できるのか?」がテーマとなった。こんなにも危険な存在が野放しにされているのはなぜなのか? 鉄道各社も事あるごとに撲滅をうたうが、一向にその成果が報告されないのはなぜなのか? この疑問を解くヒントは、痴漢たちがおのおの作り上げる“膜の中のストーリー”にある。

(前編はこちら)

■「肌の露出が多い服装なら、痴漢されてもしょうがない」という誤解

田房永子氏(以下、田房) あくまで私自身の感覚ですが、痴漢の話になると男性の9割以上が「冤罪への対応」「女性専用車両で男性差別するな」と言いだします。彼らの言い分を詳しく聞くと、だいたいは「カネ目的で男を陥れるトンデモない女がいるから、そっちを取り締まれ」ということなんですが、そもそもそんなことをして稼げると思いますか?


斉藤章佳氏(以下、斉藤) まず無理でしょうね(笑)。第一、お金のために性被害に自ら遭うという発想自体が、本末転倒だと思います。また、仮に裁判になったら時間もかかりますし、加害者側が否認すれば、いつまでたってもお金にはなりません。女性側にとっても、失うものが大きすぎます。

田房 万が一それで稼げたとしても、それは痴漢問題とは別に語られるべき問題です。でも、多くの男性が、この「トンデモない女がいる」説を多かれ少なかれ信じているように見えます。実際にいるかどうかもわからない存在におびえ、ターゲットにならないよう、つり革につかまります。なのに、実際に存在する痴漢に対しては、一切目が行かない。それって結局、男の人は内輪で痴漢行為を許し合っている感じがするんです。

斉藤 それは、男性同士が認知の歪みによってつながり合っている、ということですね。同じ“膜”の中にいる状態です。前編で「膜は外から破れない」とお話ししましたが、なぜ難しいのかというと、それが本人としては子どものころから当たり前のように獲得してきた価値観だからです。中には、親の代、さらにはその親の代から引き継いできたものもあります。たとえば、「肌の露出が多い服装をしていたら、痴漢されてもしょうがない」という歪んだ価値観がありますよね。

田房 痴漢だけでなく、一般の男性も、それどころか女性も、結構な割合の人が、そう思っているんじゃないでしょうか?

斉藤 再犯防止プログラムで、「女性はなんのために、そんな格好をしていると思いますか?」「女性自身が、そういう格好をしたいから。若い世代は、みんなしているから。オシャレのためなんですよ」と伝えて、それこそが認知の歪みであり、そう考えることの根底には女性差別があって……と、諄々と説いていくと、加害者の男性もハッと気づくことがあります。いままで女性の価値観の立場でものを考えたことがないし、薄々わかっていても巧く“膜”を作るのに利用して、自分が痴漢行為をすることを正当化し、行動に移してきた。……そう考えると、男性同士が同じ膜の中にいて価値観を変えないうちは、痴漢撲滅への議論は進まないでしょう。


■痴漢に遭った女性が、被害者として扱われない現状

田房 それ以前に、痴漢に遭った女性が、被害者として扱われない現状も気になります。深夜のバラエティ番組を見ていたら、「最近、痴漢に遭った」と話す年配の女性を、みんなが笑っていました。彼女は性暴力を受けているのに、ヘタすると「触られるうちが花だよ」なんて言われてしまいます。

斉藤 痴漢加害者が中高生や若い女性ばかりをターゲットにしているかというと、そんなことはありません。ほかにも「痴漢が出没するのは朝の時間帯」「薄着の季節に痴漢が多い」などのイメージがあると思いますが、実際の痴漢は日中の電車でも深夜の夜道でも犯行に及ぶし、1年を通してチャンスをうかがっています。また、満員電車でなくても、痴漢被害は多数あります。満員電車だとバレたとき逃げ道が確保できないからという理由で、比較的すいている電車を選ぶ加害者もいます。

田房 再犯防止プログラムの受講者には、痴漢歴や頻度を聞くんですか?

斉藤 もちろんです。いつから始めて、どのくらいの頻度で……と詳細に聞きます。痴漢歴だけではなく、初めてマスターベーションや性交渉した年齢もヒアリングします。

田房 頻度って、どのくらいなんでしょう?

斉藤 すさまじいですよ、多い人だと毎日です。アメリカのエイブルという人の研究では、ひとりの性犯罪者が生涯に生み出す被害者は380人というデータがあります。ただしこれは、強姦被害が中心の数字です。日本の痴漢被害に関していえば、もっと多くの女性が被害に遭っているでしょうね。

田房 そんなにたくさんいるんですか! 数えきれないほどの女性が、電車やバスの中で身の安全を守られず、性被害に遭っているのに、それを止めようとしているポスターがコレです。被害女性もまったく深刻じゃないし、第一、加害者がまったく出てこない。

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