[サイジョの本棚]

理性的に生きてきた中年男女が、恋愛の業に翻弄される姿を描いた『マチネの終わりに』

2016/08/28 16:00

■『吉野朔実は本が大好き ALL IN ONE』(吉野朔実、本の雑誌社)

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 今年4月に亡くなった漫画家・吉野朔実。『吉野朔実は本が大好き ALL IN ONE』は、本好きとしても知られた彼女が、「本の雑誌」で25年間連載していた書評エッセイ漫画「吉野朔実劇場」シリーズから選り抜いて再構成したもの。

 「多分私が好きなのは“本”そのものではあっても“読書”ではない」と、著者が語るように、ブックレビューのみならず、本について友人たちと語る楽しみ、お気に入りの装丁や古書の魅力など、本にまつわるさまざまな楽しみが収められています。

 中でも特に多く収録されているのが、吉野氏とまるでレギュラーのように登場する友人の面々が、本をお題にテンポよく語り合うエピソード。カフカの『変身』ではどんな虫をイメージしていたかを思い出そうとする「わたしのザムザ」、タイトルだけで中身を想像し合う「『酸素男爵』を知りませんか」、“実は読んでいない名作”を告白する「恥ずかしながら…」など、思わず本を手に取りたくなる(もしくは再読したくなる)やりとりが詰まっています。

 本書は連載25年分が詰まっているだけあって少し分厚いですが、遊ぶ力に長けた大人たちが、さまざまな本を肴に語らう様子が延々と眺められる、いつまでも浸っていたくなるような幸福な1冊です。


■『ジニのパズル』(崔実、講談社)

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 先の芥川賞候補に挙げられた『ジニのパズル』は、在日朝鮮人3世として生まれ、日本で、アメリカで、生き抜こうともがく少女ジニを描いた青春小説です。

 一般の小学校に通い、日本語しか話せないジニ。居心地の悪さを感じて中学から朝鮮学校に通うことになっても、日本語禁止の校内で、1人だけ朝鮮語が話せないことから、簡単になじむことができません。徐々に不器用な初恋や友情を育むようになったものの、夏休みに男性から集団暴行を受け、“問題行動”を起こし、米国に留学。絵本作家ステファニーの元でホームステイを始め、少しずつ自分の過去について振り返ることができるようになります。

 校内でも、校外でも、家庭以外の全ての場所でマイノリティーとして扱われる戸惑い、哀しみ、怒り――さまざまな感情をのせた掌編をいくつも連ねることで、主人公の半生がフラッシュバックのように徐々に明らかになっていきます。理不尽となれ合って生きる大人への怒りを抱え、1人でこの世界を変えようと立ち向かう姿は、長く読み継がれる青春文学に共通する、粗くも瑞々しいパワーにあふれています。

 “あなたの命は軽々しく蔑視されていいものじゃない、世界中が否定しても、自分だけでも自分を肯定するべきだ”――ステファニーがジニに語りかける、ただ生を肯定するメッセージは、きっと多くの読者の中にもまっすぐ届くでしょう。


 そして本作は、私たちが差別と無関係な社会に生きていないことを、あらためて突き付けてきます。意識しなくても、差別自体が存在しないかのように振る舞うこと自体が、現実に生きるジニたちを追い詰めている。せめて、それに自覚的でいることが、ジニに限らず、あらゆる人の生きやすさにつながるはずだと思っています。
(保田夏子)

最終更新:2016/08/28 16:00