サイゾーウーマンコラム女性蔑視の「常識」が生んだ射殺事件 コラム [連載]悪女の履歴書 「メンスあるの?」女性蔑視の男と時代が生んだ、元子爵の中年女性による「射殺事件」 2016/08/15 19:00 悪女の履歴書 (事件概要等はこちら) ◎没落する華族を報じるマスコミと、スクープ合戦 『明治・大正・昭和 華族事件録』(新潮文庫、千田稔著)には、数多くの華族による不祥事が登場する。殺人や殺人未遂事件、男色、不倫、詐欺、自殺、心中など、当時天皇に直結する特権階級であり、国民の模範とされた華族だが、それ故か世間を騒がすさまざまな “事件“を数多く起こしている。そして、こうした不祥事を当時の新聞や雑誌はこぞって取り上げた。今では考えられないが、華族という“高貴な人々”の結婚や不倫、略奪、お家騒動などの動向は、現在のワイドショーや女性週刊誌が取り上げるような格好のネタだったのだ。 2014年に朝の連続テレビ小説『花子とアン』(NHK)で描かれ、一躍有名になった白蓮事件もその1つだ。大正10年、福岡の炭坑王・伊藤伝右衛門の妻だった歌人の柳原白蓮が社会運動家の宮崎龍介と不倫、駆け落ちした事件は、大阪朝日新聞のスクープから始まり、その後もいくつの新聞を巻き込んでスクープ合戦にまで発展した、センセーショナルな事件だった。 柳原家ではほかにも、白蓮の異母兄であり大正天皇の従兄にあたる義光の男色・手切れ金恐喝騒動、さらに義光の娘・徳子の不倫とスキャンダルが続いたが、これらも当時の新聞では大きな扱いで報じられた。それは華族制度が廃止された戦後も続く。その多くが身分の剥奪によって“平民”となり、経済的苦境に立たされたことは、さらに大衆の興味をかき立てたのだろう。 久美子が結婚生活を送っていた時期には、元華族令嬢の恋愛騒動などが多発し、昭和32年に起きた「天城山心中」で最高潮を迎える。これは、旧満州国帝王である溥儀の弟・溥傑を父に、そして元公爵の娘を母に持つ学習院大学2年の愛新覚羅慧生(19歳)が、同級の男子学生と心中した一件だ。 だがこうした華族を舞台にした事件、そして戦後が遠のき、高度成長期を経た昭和49年に起こったのが、元華族である久美子の殺人事件、しかも痴情を発端とした事件だった。 ◎テープに記録されていた「ママは若くあるけど、メンスあるの?」 人々は年下の恋人をめぐって40代の元華族令嬢が起こした事件に熱狂した。しかも久美子はすでに記したように、名家に嫁いだが子どもを奪われて出奔、その後もたくましく生き抜き、年下の恋人までいたというのだから尚更だ。 だが、この事件は裁判が進むにつれ意外な展開を辿る。実は犯行当時、犯行直前までの1時間ほどの会話が録音されたテープの存在が明らかになったからだ。これは久美子が殺人罪で起訴後、検察による提出されたのもので、久美子自身が録音していたものだ。もちろんそこには殺害された慎太郎と久美子との間でやり取りされた会話が全て残されていた。テープには久美子が慎太郎と幹人2人を部屋に招き入れ、ブランデーを振る舞うところから始まる。 慎太郎は時に、「ママはぼくの目を見て恥ずかしそうにしゃべっているね」などと、自分に気があるのではないかということを言ったり、久美子が猟銃を持っていることを前提に「俺に鉄砲向けてみい」などと挑発を交えて久美子と会話をしている。もちろん、この時に久美子は「なんで私が鉄砲を持っていることご存じなの?」と訝っているがおかまいなしだ。 その後も久美子に別れ話とは関係のない、息子の話を持ち出すなどネチネチ責め立てる慎太郎。それに対し久美子も「そういうことなら、とっとと帰って!」とイラつく様子もあった。そして慎太郎はこんなことまで言い放った。 「ほかの女性に取られるのが、やはり怖いでしょう」 「ママは若くあるけど、メンスあるの? ね、メンスあるの? メンスあるの?」 酔って何度も40代の女性に向かって生理の有無を問う慎太郎。さらに「死にぃ」などと挑発してきたことで、久美子は猟銃を取り出している。 「お前なんか関係ない。てめえみたいな奴はすぐに出て行け!」 「どうしてこんな人連れてくるの?」 久美子は恋人の幹人にこう訴えるが、慎太郎は酔って再び久美子を挑発した。イライラしながら銃の安全弁を掛けたり外したりしていたという久美子。そんな久美子の様子に、慎太郎は相変わらず「撃つなら撃て」と挑発し、さらに久美子に近づいていった。その瞬間、レミントンの引き金に指を入れていた久美子に、思わず力が入った。弾は慎太郎の顎に命中、のけぞるように倒れていったという。 12次のページ Amazon 『明治・大正・昭和華族事件録 (新潮文庫)』 関連記事 恋人の遺体と45日間生活、交際5年の果てに女が犯した「ラストダンス殺人事件」「佐世保小6女児同級生殺害事件」で隠された、加害者少女の“もう1つ”の特性とはママ友の子どもを殺めた“ママ”の実像――「音羽幼児殺害事件」から現代へ20歳シングルマザーの貧困と孤立、“虐待の連鎖”が浮かび上がる「大阪2児放置・餓死事件」「秋田連続児童殺害」――マスコミが報じなかった“鬼畜の母”畠山鈴香の実像