「不妊治療には医学的な限界がある」専門クリニック院長に聞く、通院する女性の苦悩
■凍結卵子を受精させるのは非常に難しい技術
――卵子凍結が話題になりましたが、はらメディカルクリニックでは2012年に卵子凍結の受付をやめたと聞きました。その理由はなぜでしょうか?
原 本来の卵子凍結は、結婚してパートナーがいて、でも今は仕事などのタイミングで子どもがつくれないとか、病気が理由で行うものでした。けれど今の卵子凍結というのは、結婚できるかわからないけど、42、43歳になって妊娠しにくくなるのが怖いから、今のうちに凍結しておきたいというのが主です。ですが、25歳で凍結して35歳で結婚した場合、その35歳の時の卵子で妊娠すれば問題ないわけです。
さらに、39歳になってパートナーがいないという女性が、40歳過ぎて妊娠できなくなるのが怖いからと言って凍結することもありますが、実際に私が見てきて、そういう人が40歳を過ぎて結婚するかというと、その数は本当に少数です。ただ、もし結婚したとしても、凍結した卵子による妊娠は可能性としてとても低いので、40歳の時の卵子で相手の精子と受精した方が可能性としては高いと言えます。
つまり、若い卵子の方がいいと言っても、一回凍結した卵子を解凍して受精させるのは技術的にすごく難しいということです。それを病院によっては40歳でも50歳でも大歓迎とうたっているところがありますが、医学的に言えばどう考えても妊娠の可能性は低いのに、それを商売化している。需要があるからそうなるわけですが、患者を騙しているとも言えますし、医学的ではないです。
凍結卵子で妊娠するのは本当に宝くじみたいなもので、どこかで成功している人がいるかもしれないけれど、実際には身近で見たこともないし聞いたこともない。45歳になると妊娠の確率は3%程になりますし、妊娠しても50%は流産してしまいます。ということは、30回やって1回妊娠するかどうかの確率になりますが、赤ちゃんに関しては1%の可能性があればやり続けてしまう女性がいるのは確かです。
――なぜ不妊治療をやめる決断をするのは難しいのでしょうか?
原 私が思うに、女性の方は人生の目的において「子ども」というのが大きい気がします。男性は出世するとか、そういう自分で努力すればどうにかなるような近いところに目標があることが多いです。もちろん努力しても社長にはなれないかもしれないけれど、やれるだけやったという達成感を得ることができます。
女性の場合には社長になりたいよりも、子どもが生みたいという気持ちのほうが大きくて、人生のピリオドを打つには子どもが必要なのだと感じています。それが人生の達成感としては90%を占めているから、例えば10%の社会的な成功があったとしても、年をとってからやっぱり子どもが欲しかったとか、孫と一緒に出掛けている友達をみて羨ましいとか、そういう気持ちが出てきてしまうのではないでしょうか。
それは母性とか赤ちゃんを生むというDNAが頭の中にあるからという部分も大きいのかもしれませんが、とにかく日本人は他人に干渉する力が強いことも原因としてあります。結婚や夫婦別姓に対しても、すごく他人事に口を挟んできますよね。そういう日本的風土が、女性が生きづらい状態をつくっているのではないかと思います。
(田村はるか)
原利夫(はら・としお)
医学博士。1958年慶応義塾大学大学院医学研究科修了にて医学博士学位を取得する。同大産婦人科助手を経て、62年東京歯科大学市川病院講師、平成元年千葉衛生短大非常勤講師となる。この間、日本初の体外受精凍結受精卵ベビー誕生のスタッフとしても活躍する。平成5年、不妊治療専門クリニックはらメディカルクリニックを開設。専門は生殖生理学、内分泌学、精子学。