カルチャー
佐藤喬氏×古谷経衡氏対談

少年Aも小保方晴子も、アラサーちゃんもタラレバ娘も 自分語りが好きな「名前のない世代」

2016/06/01 15:00

■2000年代初頭の微熱と、右からの風

佐藤喬氏

佐藤 僕たちより上の世代の人たちは、バブル崩壊後、日本はずっと一直線に下降している感覚を持っている人が多いかもしれません。でも、2000年代初頭に、ちょっとした熱はありましたよね。

古谷 小泉(純一郎)が出てきたとき、僕は大学生だったので、すごく覚えています。96年から橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗と自民党の派閥の力学が働き、日本の首相は密室で選ばれていると国民の多くは思っていました。森の退陣を受けた01年の自民党総裁選で、小泉が首相になりますが、そのとき国民はアメリカの大統領選のように「首相公選制」をやった気になったんです。実質的に小泉と橋本の一騎打ちで、下馬評では橋本が圧勝だとみられていた。だけど、僕たち一般の国民に近い自民党員票(県連票、各県3票)を開けたら、小泉が圧勝。そこで流れが一気に小泉に傾き、総得票数でも橋本に勝って、小泉首相が誕生したんです。

佐藤 小泉は大衆人気もありました。

古谷 投票権は自民党員にしかないにもかかわらず、です。

佐藤 国民が変化を望んで、リーダーを待望する気風はありましたね。見た目も抜群によいし、独身で、映画や音楽好き。それまでの高齢で保守的な政治家とは違うように見えました。

古谷 小泉が最初にやったことは、ハンセン病患者への謝罪。国が一審の段階で控訴を断念(熊本地裁)した歴史的な裁判です。「国が頭を下げるのか!」と僕は衝撃を受け、型破りな人だと思いましたね。ドミニカ移民訴訟でも小泉は謝罪と賠償を行っている。この点は素直に感動しました。郵政民営化関連法案を可決するに至る一連の流れも、常に「国民が選んでいる」という「錯覚」を与えるのがうまかった人でした。

佐藤 実は、その後の保守を代表するような人物なんですけどね……。僕たちの世代は政治的に右寄り(保守)の人が多いわけではないし、右寄りの世代でもないのですが、“右からの風を受けてきた”世代です。ちょうど2ちゃんねるが出始めたとき、韓国を叩くネット右翼の書き込みがすでにあったんです。でも、それをきちんと「ダメだよ」と諌める書き込みもあった。右の風を受けていたから右に行ったわけではなく、インターネットというツール上でのものの考え方や言葉の使い方などに、すごく影響はあったのだと思います。

■“自分語り”が好き。共感や「いいね!」が欲しい多弁な世代

佐藤 僕たちの世代は今、30代前半。まだ社会で何も成し遂げていない、結果を残していない人がほとんどですよね。インターネットやスマホや新自由主義の恩恵を享受してきましたが、それは上の世代の人たちが作り上げたもの。僕たちは与えられただけで、まだ当事者にはなっていない。何も成し遂げていないんです。

古谷 僕は、それを悔しいとも思います。早く当事者になりたい。僕たちの世代は、こじらせてしまっている人も多いですよね。ご多分に漏れず、僕もそうなんですけど……。

佐藤 「こじらせる」というのを改めて定義づけすると、自分の考えや思いをストレートに打ち出さない、行動はせず、ひとりでぶつぶつ言うということです。この世代の特徴だと断言はできないけれど、秋葉原の事件の加藤智大は、著書などでぶつぶつ言ってる。少年Aは違うと思っていたら、『絶歌』を出版し、自分のHPを作り、ぶつぶつ言っています。

古谷 あのHPは僕も見ましたが、ナメクジがたくさん出てきて、気持ちが悪かったです。認めたくはないですが、やっぱりこじらせてますね。しかし、あのHPを「芸術性がある」などと称賛する人も少なからずいて、僕は正気を疑いましたけど……。

佐藤 僕が書いた『1982』に対して、同世代の人たちから「この本は著者の自分語りがない」「自分語りがないから、作者のキャラクターがわからない」と指摘を受けたんです。この本は批評ないしはノンフィクションなので、そもそも“自分語り”がないのは当たり前。批評やノンフィクションにまで“自分語り”を求めるなんて、僕たちの世代から“自分語り”が一般化したんだなと改めて思いました。

古谷 “自分語り”をしないと、熱量がないと思われることもあるのでは?

佐藤 それは“自分語り”をしないからではなく、僕の別の能力不足が原因だと思っていますが……。

古谷 少年Aの『絶歌』や小保方晴子の『あの日』(講談社)も、“自分語り”ですよね。

佐藤 「自分を見てほしい、わかってほしい」のは十分伝わってきましたが、内容はほぼ覚えていないですし、本としてつまらなかったですね。変に冗舌で被害者感情があり、「俺が、俺が」「私が、私が」ばかり。例えば、少年Aは自分が殺した被害者へ同情や謝罪の気持ち以前に、そういうことにあまり関心がないような気がするんです。自分自身にしか関心がない。STAP細胞という語るべき対象がある小保方晴子でさえ、対象ではなく自分について書いています。彼ら本人は平凡な人間だと思うんです。でも、やったことは平凡ではない。だから、そのやったことについて書くのが当たり前だろうと僕は思うんですけど、興味関心が自分にしか向いていない。

古谷 『あの日』の方は、僕も読みましたけれど、小保方さんが松戸の高校から早稲田に進み、アメリカに留学するまでが、本当に熱心に自分語りされていましたね。自己愛が強い人なんだな、ということはわかりました。いらない情報といえばそれまでですが、確かにわからなくもないですけどね。小保方さんは刑事事件の当事者ではないので、若干大目に見たい気持ちもありますが(笑)。

佐藤 そう、同世代ですからね。それは否定が怖い、痛いのは嫌だ、共感を得たい、「いいね!」が欲しいんだと思います。インターネットも含め、僕たちの世代は多弁だと思うんですよ。でも、それが身内で消費されてしまって、遠くに届かない。身内のおしゃべりで完結。この世代は、ブラックホールのように、どんどん内へと入り込んでいる気がします。どの世代にも、その世代を代表してほかの世代に語りかける有名人がいると思うのですが、僕たちの世代にはいないですよね。

古谷 僕も“自分語り”は好きなんですよ。でも、なぜ好きなのかと理由を聞かれたら、パッと答えられないですね。僕は他者に対して“自分語り”をしてどうなりたいのか、まだわからないですね……。

佐藤 僕も非常に通俗的な人間なので、当然注目を集めたい、主人公になりたい、女性にモテたいという気持ちはある。でも、自分の仕事やSNSなど、公共の場所で開陳したいとは思わないんですよね。私的な場で飲みに付き合ってくれたら、僕は自分のことをいくらでもしゃべります(笑)。「癒やし」や肯定、「共感」が欲しいから。

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