[サイジョの本棚]

セレブ専業主婦&女子アナを苦しめる、“勝ち組”ゆえの特殊ルールの正体

2016/05/29 16:00
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■『わたしの神様』(小島慶子、幻冬舎文庫)

 建前では“堅い職業”でありながら、美貌、知性と教養、高度な清廉性で選び抜かれ、さらにタレントとしての華も求められる「女子アナ」。元TBSアナウンサーである小島慶子氏の初小説『わたしの神様』の文庫版が出版された。派手なテレビ業界の裏側をのぞき見したいという読者の欲望をある程度満たしつつ、逆手にとって、「女子アナ」というあこがれの職業の業の深さをあらわにしている。

 美貌と、飾らない愛らしさで「好きな女子アナ」1位にもなった仁和まなみの、「私にはブスの気持ちがわからない」という小気味よいモノローグから始まる本作。「視聴者の見たい女子アナ像」を完璧に演じ切るまなみと、彼女の7つ上で、産休で報道キャスターの座をまなみにしぶしぶ譲る佐野アリサ、アリサの同期で、報道局記者を務めながら女子アナに敵意をむき出しにする美人帰国子女・立浪望美。かつて女子アナという職業にあこがれた3人が、嫌い合い、見下しながらも、連鎖的に大きく人生の舵を切ることになる局面を切り取っている。

 まなみは、男性が圧倒的な権力を持つ狭い世界では「一番きれいで、一番若い女」が選ばれることにほとんど確信を持っている。自分の育った家庭がそうだったからだ。テレビ局というよりたくさんの局面でそのルールが適用されているのに、認めようとせず、真面目さで評価されようとするアリサや、『パークアヴェニュー~』の威嚇よろしくバーキンを持ってぶつかってくる望美は、まなみには苦笑いの対象でしかない。一方で28歳になる自分の賞味期限に少しずつ焦ってもいた。このルールから抜け出すには、上手にタレントに転身するか、人に羨まれるような結婚しかない、と本人は信じている。

 好きな男がしばしば「おばさん」に掠められていくことに動揺し、番組プロデューサーや広告代理店の男の自己顕示欲でスキャンダルの女王に仕立て上げられ、タレント転身も阻まれる。まなみは、自分が徐々に脆く危うい場所に追い詰められていることに気づけない。いつも敵意をぶつけてくる望美が、一度だけまなみを心から心配して助けの手を差し伸べたことにも、おそらく一生気づかない。


 『パークアヴェニュー~』も『わたしの神様』も、広い世界に出れば絶対ではないルールが、神様が作ったような顔をして、猛威を振るっている。外から眺める分には“彼女たちの神様”の愚かさを笑うことはできるけど、当事者でありながらルールを超越する存在になることは、とても難しい。“では、わたしの神様は?”と疑問を突き付けられたとき、自分は愚かなルールに踊らされていないと言い切れる人は、どれだけいるのだろう。それぞれの神様のルールに従って、たどたどしくステップを踏み散らしているのかもしれない私たちは、彼女たちを嫌な女だと笑って済ませることはできない。「わたしの神様」とは、一体何なのか。人にぶつけるためのバーキンではない、と思いたいところだけれど。
(保田夏子)

最終更新:2016/05/29 16:00