「家族に強いあこがれがあった」植本一子が語る、かなわなかった理想と自分なりの家族像
■結婚してもしなくても変わらない自分
旦那であるECDに本書を読ませたのか、ということについては「修羅場的に彼氏と別れた日のことを書いている『書き下ろし』を読ませた」(植本氏)のだそうだ。その彼氏とは隠れてずっと会っていたため、読ませた時はすごく緊張したらしい。
「読ませたら『なにこれ、怖い話じゃん。でも、もうちょっと掘り下げて描写しないとダメだよ』と、表現者としてのテクニックを指摘されて。『いや、そこを掘り下げると相手も傷つけるからあえてオブラートに包んでるんだよ』と返しましたけど」と、拍子抜けしたことを話した。そのことについて山野氏は「一般的な恋愛の高揚感がかなり抑制されて、ラブストーリー的な山場がないので、『ああ、生々しくて書けなかったんだろうな』と想像できる。自分で補完しながら読んでいく読書体験の面白さ、作品として必要以上のことは書かれていない上品さを感じた」と語った。
そして植本氏は最後に今回の出版に際して、「あまり理解はされないけど、うち(の夫婦)は良い関係だと思う。石田さんは私のことを尊重してくれている稀な相手。石田さんじゃなかったらできなかったことをしているという実感がある」と、自分がいながらも外に好きな人を持ち、またそのことを本にして出版する妻を許容している夫に、尊敬の念と幸せをあらためて感じたそうだ。寺尾氏も「『かなわない』ってタイトルがすごく良い。全てを含んでいる感じで」と称賛した。
本書の中に「私は誰の所有物でもないし、誰かを所有することもできない。自分の子どもでさえそう。私の心はいつでも自由だった。それは結婚してもしなくてもそうだった」という独白がある。恋愛や結婚において何に依存し、何から自立しなければいけないのかは人それぞれだろう。ただ植本氏は、夫が自分の所有物ではないとわかるから“家族”としての共同体でつながり、子どもが自分の所有物ではないから子育ての責任を果たし、自分も誰の所有物でもないから好きな人を持つ。本書から伝わるのは、そんな植本氏が注ぐ夫と子どもへの深い愛情であり、自分の理想や母親への執着から解き放たれようとする自由な心だと感じた。
(石狩ジュンコ)