[サイジョの本棚]

デビュー作と同じテーマである「大切な人の死」を、より生々しく力強く昇華させた若木未生『ゼロワン』

2016/02/28 21:00
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『ゼロワン』(若木未生、徳間書店)

 小野不由美、前田珠子、桑原水菜、榎木洋子――1990年代、講談社X文庫ホワイトハートや集英社コバルト文庫といった少女小説では、異世界や超能力で少年少女が活躍するファンタジー作品が人気を確立していた。超能力を持つ若者たちを描いた『ハイスクール・オーラバスター』などでその流行を牽引していた作家・若木未生による、一般文芸書として初の単行本『ゼロワン』(徳間書店)が昨年12月に出版された。

 若木の作家デビューは1989年。ライトノベル作家として多くの人気ファンタジーシリーズを生み出している彼女だが、デビュー作となった『AGE』は、高校生・西野の視点から描かれる、超能力は一切登場しない青春小説だ。とある悲惨な過去を抱えながらも、優しく大人びた雰囲気を持つ、西野より1学年上の山崎。山崎に憧れる西野とその友人・高岡。都立高校の屋上を主な舞台に、両親も1人の弱い人間であることに気づいた時の戸惑いや不安、先輩の不慮の死を、時に衝突しながら乗り越えていく2人が伸びやかに描かれている。この『AGE』を起点とするバンド小説『グラスハート』も人気を博し、2009年のシリーズ完結時には直木賞作家・山本文緒がその魅力を語るなど、ライトノベル内にとどまらない反響を呼んだ。

 そんな若木の最新作で一般文芸デビュー作となる『ゼロワン』は、得意技であるファンタジー要素が封印された作品だ。主人公は、声優業と漫才業の両方を半端な状態で続ける王串キミドロ33歳。そして、王串の相方で、頼りないが若さと熱意だけはある青山零。“お笑いの底辺”で不器用にくすぶっていた2人が、漫才コンビ「ゼロワン」として漫才コンテスト『マンザイ・グランプリ』に挑戦する、少年マンガのような楽しさを備えた、大人のための青春小説になっている。

 王串は、零の兄で、高校時代からの親友・青山壱と漫才コンビを組んで評判を呼んでいた。しかし徐々に関係がもつれ、仲たがいした直後に壱は不慮の死を遂げてしまう。その後悔から人間関係にも仕事にも深入りできなくなった王串だが、同様に壱の死を引きずった零に誘われるまま、再び「ゼロワン」を組む。

 死んだ壱の気配を色濃く残す、弱小事務所の売れない漫才コンビだったゼロワンだが、ある理由で知り合った人気若手漫才コンビ「クロエ」の2人に刺激を受けて作られた漫才ネタ「幽霊」が、彼らを浮上させるきっかけを生む。そして、『マンザイ・グランプリ』を勝ち抜くたびに、作中で披露される「幽霊」もブラッシュアップされ、その変化が、壱の死を乗り越える2人の過程を象徴するように作り込まれていることで、本作が単なるスポ根小説に終わらない厚みを持たせている。

 「大切な人の死と、その死を受け止めようとする2人の男」という構図は、デビュー作『AGE』を彷彿とさせる。けれども、『AGE』の主人公が、友人と衝動的に殴り合ったり寝込んだりして、死のショックを乗り越えるきっかけをつかむのに対して、『ゼロワン』の主人公・33歳の王串は、そんな勢いをもう持っていない。大切な人の死に立ち止まっていては食べていけなくなるから、本調子でなくても人生を無理やり前に進め、半ば投げやりに進める仕事や人間関係に結果が伴わず、さらにやる気も余裕もなくなっていく――。出口が見えない悪循環から抜け出そうとするからこそ、彼らが這い上がる姿がより読者に迫ってくる。


 「人を笑わせる」という誰もが持っている能力を使って、アラサーの、いい年をした大人たちの成長が丁寧に描かれた本作。登場人物は超能力もなく若くもないが、切なく爽快な読後感を残す、紛れもない青春小説になっている。
(保田夏子)

最終更新:2016/02/28 21:00
ゼロワン (文芸書)
「生活のためにとりあえず生きる」って一番大切な原動力