「私たちが育てているのは心です」 里親が語る、里子との絆
■里子が実親の元に帰る時が一番苦しく切なかった
「5年前の年末、児童相談所から『家庭の事情で実親と暮らせなくなってしまった小学校低学年と幼児のきょうだいを預かってほしい』という依頼がありました。年末年始は施設がいっぱいなので、2週間だけということで一時的に預かることになりました。それから年が明けてしばらく我が家に居続けることになったのですが、施設にいればそこから学校に通うことができるものの、一時預かりだと学校にも通えません。1人は幼児ですがもう1人は小学生なので、毎日家にいるのがとても退屈そうでした。2人ともAとも仲良くしていたので、実親さんや親戚の環境が整うまで里子として預かりたいと申し出て、それからこのきょうだいと暮らすことになりました。環境が変わって熱も出すし、喧嘩するし、楽しいというよりやかましく、夢の大家族って悪夢だったか、と思うこともありましたが、あっという間の1年でした。最初からこのメンバーが家族だったんじゃないかと思うほど、いつの間にか団結力も高まりました」
家族としての絆が深まってきた頃、きょうだいの実親の環境が整ったので親元に帰れると連絡があったという。
「晴れて実親さんと暮らせることになったので、よかったねと喜んであげようと思っていました。でも実際にはとても寂しかったし、とても切なかった。たった1年数カ月という短い時間だったけど、泣いたり笑ったり本当の家族のように過ごしてきたのに、2人はあっという間に帰ってしまいました。2人とも実親さんと一緒に暮らすのが念願だったので、後ろも振り返らずにタクシーに乗り込み行ってしまいました。笑顔で見送ってあげようと決めていましたが、タクシーが見えなくなり家に入った時、涙がとめどなく流れてきました。この時が、里親生活の中で一番苦しく切なかった体験です」
時折、言葉を詰まらせながら語るSさん。こうした経験を通して、Sさんはたとえ血がつながっていない子どもでも、家族になれるんだということに気付いたそう。
「血はつながっていなくても、私のおなかから出てきたわけじゃなくても、Aやきょうだいたちと魂で親子なんだなと感じています。これからAの里親である限り、予想もつかないことがたくさんあると思います。『いつまで仲良くやっていけるのかな』『思春期はどうなっちゃうのかな』『もし本当の親じゃないくせにって言われたら……覚悟はしているけど本当に言われたら立ち直れるかな』とかいろいろなことが頭を巡っています。養育里親である私たちのもとを巣立つ18歳を迎える時、どうなってしまうのかと不安は尽きません。でも私たちは絶対に絆で結ばれているということは実感しています。絆というのは目に見えないし証拠もありません。けど、見えないものを信じるということが、私たちの原動力になっています。その力というのは、子どもたちの将来にもつながります」
発表の最後に、里親に懸ける想いについて次のように話した。
「しっかり食べて睡眠をとれば、人間の体は大きくなります。でも、私たちが育てているのは心です。実親に育てられなかったことは不幸なのか、周りの人たちに可愛がってもらって応援してもらって育っていくことが幸せなのか、ここに正解はないと思います。ただ、その子自身が大きくなった時に、境遇をしっかり受け入れることができる人になってほしい。当たり前のようにあることが大切なんだと、今まで幸せだったなと感じてほしい。そしてその子たちが社会で活躍するようになった時に、里子であることや施設で育ったことが差別やハンデにならないような、そんな未来を信じています」
育児の大変さや挫折を経て、里子との絆を育んだSさん。血がつながらない子どもであっても、こんなにも想い慈しむことができるという希望を感じさせてくれた。
(末吉陽子)