恋愛体質な女がMA-1を着るまで……梨花が開拓した「BAILA」的“お仕事コンサバ”とは?
『ロミオの青い空』(フジテレビ系)を彷彿とさせる煙突掃除夫スタイル(すけすけレースのとんがった靴以外、そこはかとなくロミオ……)の梨花が表紙の「BAILA」10月号(集英社)。ついに今月号でカバーモデル卒業となる梨花ですが、最後の最後が世界名作劇場を彷彿させちゃうって一体どうなの!? 最後まで自然体な梨花に目が離せない今月号、早速中身を見ていきましょう。
<トピック>
◎梨花とバイラの5年間
◎ミステリー作家・絵美里のマイ・フェア・レディな着回し2weeks
◎三浦しをん のっけから失礼します 第17回「声だしていこう!」
■MA-1と言えばトム・クルーズ
今年の春、芸能活動をセーブすると発表した梨花。オリジナルブランドのリニューアル、息子とハワイへ移住(2カ月間だけ)と、2015年前半は怒涛のニュースラッシュでした。そんな梨花が今月号でついに「BAILA」を卒業ということで、卒業記念特集がどどーんと……8ページ。正直、もうちょっと誌面を割いてあげてもと思わなくはないのですが、梨花と「BAILA」の5年間を振り返ってまいりましょう。
そもそも梨花といえば、「JJ」(光文社)「CanCam」(小学館)と、“モテ至上主義”な一般的にはコンサバ系と呼ばれる雑誌で活躍し、自身も『恋愛体質』(講談社)なんて本を出したり、恋愛ぶっちゃけキャラとしてバラエティ番組で活躍してみたりと、“お花畑女”代表のようなイメージがありました。一方「BAILA」はというと、コンサバといえども“お仕事スタイルの落ち着いた”ファッション誌というイメージがあり、梨花が初めてカバーに登場した当時は、読者からの疑問の声もあったそう。けれど、「瞬く間にスタイルやおしゃれ感だけでなく、その生き方も共感を呼び、ガーリーなイメージから一歩進んだ大人の女性像を発信」、今では上下デニムやらMA‐1やらを着こなす女性に変貌を遂げました。
まずは、そんな梨花の変遷が一目瞭然の「初登場から今月号までの表紙を一挙ご紹介」というページを見ていきましょう。最初の表紙は2011年1月号と、いまから4年8カ月前。梨花いわく、「まだgirlyな女の子を表現していた頃」だそうで、「いわゆるコンサバ誌のモデルは、日常をリアルに美しく生きて、ナチュラルな微笑みができる人っていうイメージが私の中にはあって、そうなれるように葛藤していた」ようです。日常をリアルに美しく生きて……なるほど、12年頃までの表紙にはハッピーオーラ満載の輝く笑顔が多めです。
そんな梨花に変化が見られるのが、13年3月号。白シャツ×デニムに髪を束ねて飾りっ気なくこちらを見つめる表紙なのですが、梨花いわく、「このころから自分の表現の仕方や女性像をすごく悩み始めて…実は迷走期間に入っていました」とのこと。この号を境に、梨花のファッション、ポージングも女の子らしいものから、「大人のいい女」っぽいものへと変わっていきます。
この号以降、女の子らしいイメージが強い「ピンク色」を意図的に避け始めたようで、事実「BAILA」というタイトルの文字色にピンクが使われることが激減。“ピンク=甘さ”を払拭しようとしていたことが窺えます。14年12月号に「梨花と大人のニュアンスピンク」という特集が組まれますが、その頃を振り返って梨花が、「久しぶりにピンクを着られるようになったの」と語っているほどです。
まあ、13年というと梨花が40代に突入した歳。40代にして「girlyな女の子を表現」するのがきつくなってきたから、というのが一番しっくり来る理由だったりもしますが、それはさておき、梨花のこの変遷とともに自身のスタイルを徐々に変えていくことができたというバイラーズも多いのではないでしょうか。
特に、現在の20代後半~30代にとって、青春時代はモテ系ファッションの全盛期。いきなり「BAILA」を読み始めても、クローゼットから出てくるのは、モテ系ファッションであるパフスリーブやらリボンつきのワンピースばかりで、「どっから手を付けてよいやら……」という人も少なくなかったのでは。梨花はそんなエッセンスを持ちつつ、「BAILA」の中で一緒にお仕事コンサバへの道を歩んで行けた等身大のお手本だったように思えます。