カルチャー
『黒闇』刊行記念インタビュー

「女」を記号化しない――官能小説家・草凪優の“匂い立つ”セックスシーンに込められた矜持

2015/09/20 21:00

――女性にもその感覚があると思いますか?

草凪 例えば、迫田が35歳で「人を支えるために」と変わったように、今まで結婚なんかに否定的で自由に生きてきた女性が、30歳を過ぎて急に結婚が決まるとハイになるじゃないですか。結婚したら、親が泣いて喜ぶな……とか。欲望って、自分の欲望も大きいけれど、自分の欲望には他人の欲望も反映されるんですよ。周りも安心するから自分も安心する、周りが幸せだから自分も幸せという。30過ぎまで自由にやってきた人ほど、それにハマりがちだと思います。

■女性読者がエロいと感じるセックスシーン

――セックスシーンについても教えてください。草凪さんの作品には、帯にもある「性と生」が感じられます。セックスシーンもパワーがある印象を持ちました。匂いまで感じられる文章です。

草凪 僕の作品を読む人は「キャラクターが良いですね」とか「オチが面白いですね」って言うけれど、僕の書く濡れ場は日本一だと思っています(笑)。話を書くのが上手な人はほかに大勢いるけれど、濡れ場に関しては練りに練っているから、そこを一番褒めてもらいたい(笑)。日本の言葉はほぼ視覚なんですよ。例えば赤だったら「朱」「紅」だったりと検索すればいくつも出てくるけれど、匂いの描写なんて「甘酸っぱい」とか「馥郁(ふくいく)と」とか、極端に少ない。その中でも言葉を選んでいかないと、と思っています。

――匂いフェチという官能小説家の方もいますよね。

草凪 フェチの人は、誰の匂いでも平等に愛するけれど、僕は好きな女性の匂いしか好きになれない。女の人は「匂いフェチ」と言っても、彼氏の匂いとか子どもの匂いとか、相手が特定されているけど、相手が特定されないのが本当のフェチ。そういう意味では僕は女性的です。

――草凪さんのセックス描写自体が、“人ありき”だと思います。

草凪 そもそも官能小説って、フェチの理屈と同じで、女性を記号化した方が簡単に興奮できるんです。それはそれで完成形に近づいてきているけれど、僕はそうじゃないことをやりたい。厚みあるキャラクターだったら「42歳のオバサン」も生かせるけれど、記号として「42歳のオバサン」を出してしまったら、誰も読まない。

――そういった視点を、女性読者がエロいと感じるのかもしれません。草凪さんはご自身の思いや経験を反映してキャラクターに厚みを持たせていますが、自分をすごく客観視していますよね。

草凪 僕の中では根本的に女性読者という存在はなくて。自分に向けて書いているというか、自分の中にもう1人の読者がいて、そこに向けて書いているんですが、こうして女性読者の話を聞くと面白いですね。客観視できているのは、今「谷」だからですよ。独身で、夢の中にいないからそう言えるだけで。結婚してうまくいっていたら、言えないですよ(笑)。もしかしたら、そういう「谷」のときの方が、いい作品が書けるかもしれないですね(笑)。
(取材・文=いしいのりえ)

草凪優(くさなぎ・ゆう)
1967年生まれ、東京都出身。沖縄県在住。脚本家を経て、04年に官能小説家としてデビュー。著書に『夜の私は昼の私をいつも裏切る』(新潮社)、『堕落男』(実業之日本社)、『幻妻 パール編・ルビー編』(双葉社)、『魔窟』(徳間書店)などがある。

最終更新:2015/09/20 21:00
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