「家族と住むと汚部屋は掃除してもらえない」訪問看護師の抱える介護保険のジレンマ
「それまで勤務していた病院は忙しすぎて、決まった仕事をするだけで精いっぱい。ご家族が何か言いたそうにしていても、『話しかけるなオーラ』を出して、目を合わせないようにしていたほどでした。そんな仕事に疑問を感じて、訪問看護師になったんです。すると、今度はまったく正反対の環境に戸惑いました。訪問看護ステーションを運営している看護師の施設長は、崇高な理想に燃えている人。私は正直なところそれほどの熱意があるわけではないので、ついていけないことも多いですね」
■真っ赤な足の爪は訪問看護師として失格
実は、次の転職先を探し始めている、と打ち明けてくれた。
「上司は私生活も全て利用者さんに捧げるべきだと思っているのでしょう。たまたま真っ赤なペディキュアをしているときに、上司にそれを見られたんですね。すると、『利用者さんをお風呂に入れることもあるのに、真っ赤な足の爪は訪問看護師として失格だ』と言われました。ナンセンスですよ。爪でお風呂に入れるわけじゃないのに。モラルの求めどころがズレているとしか思えません」
介護業界のご多分に漏れず、訪問看護師の人手不足も深刻だ。理想を追いすぎると、自らの首を絞めることにもなりかねない。だからといって、沢田さんにも使命感がないわけではない。ジレンマを抱えながらも仕事をしているのは、少しでも利用者の力になりたいという気持ちがあるからだろう。
「お金のない在宅の利用者さんにはありがたい介護保険にも、もちろん問題は多いです。担当している利用者のおばあちゃんは、2DKの狭い団地に娘さんとお孫さんと住んでいるんですが、家族がいるというだけで、部屋の掃除をヘルパーに依頼できないんです。家族がいるとはいっても、娘さんはシングルマザーでパートと水商売を掛け持ちしていて、とても家事には手が回らない。そのうえ、お孫さんは引きこもり。利用者さんは認知症が始まっているので、家の中は足の踏み場もありません。
娘さんは、利用者さんのことを心配して同居しているんだから優しいんですよ。でもそのせいでヘルパーができることに限界があることに矛盾を感じます。まあ、娘さんもお孫さんも生活はかなりめちゃくちゃで、トイレなんて利用者さんの汚した紙パンツや、娘さんやお孫さんの使用済みの生理用品であふれています。汚い部屋には慣れていますが、この惨状にはさすがに絶句しましたね」
きれい好きだけれど、親のことは知らん顔の子どもだって、世間にはたくさんいるだろう。親のことを気にかけてはいるが、家事はできない子ども。そして足の爪は真っ赤でも利用者一家を見守る看護師……それが悪いなんて、誰が言えるだろう。