法整備や父親を知る権利が整わないまま進む、個人間の精子提供
では“不妊治療先進国”であるアメリカはどうなのだろうか。アメリカでは精子どころか卵子も子宮(代理出産)もみな、ビジネス化されているのだが、精子提供が始まったのは、意外なことに日本と同じ1960年代であり、つまり日本はアメリカと並んで精子提供の先進国であった。ただし1万数千人といわれる日本と比べ、アメリカではすでに100万人以上が精子提供で誕生しているともいわれる。病院などの精子提供だけでなく、日本のような個人サイトもあり、優秀な精子提供者の精子は高額な値段がついたりもしている。
そして、匿名ドナーだけではなく、実名ドナーもいることから、遺伝上の父親を知ることができる子供もいるのだ。最近では、レズビアンカップルに精子を無償で提供した男性に対して、そのカップルが別れて親権を持った女性が生活保護を受けることになったために、州当局が子供の養育費を請求するというケースも出ていて(男性もレズビアンカップルも「父権を放棄し、子供に関するすべての経済的責任、法的責任を負わない」という書類にサインをしてるのだが)、アメリカでも法制化やルール作りはまだまだこれから、といえるだろう。
日本でも生殖医療についての動きがあった。自民党の「生殖補助医療に関するプロジェクトチーム」が、第三者の精子・卵子使用や代理出産を条件付きで認める法案を示した。これは法律上の夫婦で、妻が医学的に妊娠できない場合に限られており、また生殖補助医療で生まれる子供と親の法的関係も定めている。海外で代理出産する夫婦のトラブルなどが増えたことも、日本での生殖医療の見直しの大きな原因であり(この連載でも向井亜紀、野田聖子のケースを取り上げている)、これはかなり大きな進歩と言えるだろう。
私自身は、さまざまな家族の形があっていいと思うので、これらの動きには基本的に賛成ではあるのだが、一方で抵抗を覚える生殖医療もある。
そのひとつは男女の産み分けだ。日本でも男女産み分けを手がけるクリニックはあるが、確実ではない。そこで、最近ではタイの病院で男女産み分けをする日本人が増えているのだという。日本では禁止されている着床前の受精卵の遺伝子を診断する「着床前診断」が、タイでは可能だからだ。つまり、体外受精をし着床前の受精卵を調べて、夫婦が望む性別だった場合のみ母親の胎内に戻し妊娠させる技術である。すでに日本人夫婦の数百組が利用しているという。
男児か女児かを切羽詰まった理由で望むこともあるとは思うのだが、それでも、不妊治療の切実さとはなにかが違うという印象を持ってしまうのだ。
とはいえ、それ以前の不妊治療や生殖技術に対しても抵抗を持つ人はいるだろう。生殖技術や法制化だけではなく、生命倫理や生命哲学といった思想的な背景を持つことも、これらについて考えるためには必要になってくるのだと思う。「家族の多様化」は重要だが、そのために「生殖技術はなんでもあり」となってしまうと、例えばクローン人間などもOKになってしまうからだ。「生殖技術が神の領域」なのかも含めて、私たちはこれからさまざまな問題を考えていかなければいけない。
深澤真紀(ふかさわ・まき)
1967年、東京生まれ。コラムニスト・編集者。2006年に「草食男子」や「肉食女子」を命名、「草食男子」は2009年流行語大賞トップテンを受賞。雑誌やウェブ媒体での連載のほか、情報番組『とくダネ!』(フジテレビ系)の金曜コメンテーターも務める。近著に『ダメをみがく:“女子”の呪いを解く方法』(津村記久子との共著、紀伊國屋書店)など。