法整備や父親を知る権利が整わないまま進む、個人間の精子提供
日本で、精子提供を持ちかける個人のサイトが立ち上がっているという。そのサイトを取り上げたNHKの『クローズアップ現代』の「徹底追跡 精子提供サイト」(2014年2月27日放送)が話題になっている。番組の公式サイトで番組内容のテキストが見られるが、簡単に紹介していこう。
精子を提供する個人サイトは40あまり。提供者はすべて匿名で、出産実績をあげているサイトもある。番組では実際に精子提供をする現場も取材、精子提供を受けるのは不妊夫婦だけではなく、未婚女性にまで広がっているという。提供を受けた未婚女性の場合は、「シングルで子供を産みたくても、日本の場合は精子提供を受けられるのは法律上の夫婦のみ、海外で精子提供を受けるにはお金と時間がかかる」ということで、いくつかの個人サイトを回り、実際に会って信頼できると思える提供者に決めたという。
さらに提供者男性の場合は、「少子化の日本で自分のできることを考えてやっている」といい、HIV、梅毒、クラミジアの感染症の証明書だけもっていて、相手に見せるという(性行為感染が懸念されるB型肝炎や淋病は調べていない)。相手と面談して同意に至れば、男性はトイレで精子を出して、それを容器に入れ相手に渡す。女性はそれを注射器などで胎内に入れるのだという。
これ以外にも、「自分の遺伝子を残したい」という男性などもいるという。ほとんどのサイトでは、検査費用や交通費などの実費以外の謝礼は受け取らないそうだ。
私も「精子提供」でネット検索をしてみたが、たしかにいくつかのサイトがすぐ見つかった。うさんくさい感じなのかと思ったが、サイトによってはかなりきちんと作られているという印象を受けた。
日本産科婦人科学会などのガイドラインに沿うと、法理上の夫婦に対してしか精子提供が行われない。そのために未婚女性やレズビアンカップルが精子提供サイトを利用しており、また夫婦であってもこのサイトを使うのは、人工授精には精子提供をされるが、日本産科婦人科学会では体外受精の精子提供を認めていない(これもおかしな話だが)ということと、通常行われている医療機関の不妊治療は手間も時間もかかりすぎるから、などの理由からだという。
■精子提供で生まれた子供が抱える苦悩
精子提供の問題はいくつかある。一番は、生まれた子供が父親を知ることができないということだ。65年前から精子提供をし、1万数千人が生まれているという慶應義塾大学生殖外来では、サイトに、AID(非配偶者間人工授精)についてこのように記している。
<AIDで産まれた子供の出自を知る権利と告知について>
現在、日本では精子が匿名で提供されているため、本法で産まれた子供は遺伝上の父親を知ることができません。また逆に提供者も自分の子供を特定することはできません。さらにAIDの事実を子どもに知らせるかどうかについても、親の判断に任されています。
しかし、1989年11月20日国連総会において批准された児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)第7条には「子はできる限りその父母を知り、かつ父母によって養育される権利を有する」とあり、最近になっていくつかの国では子どもの知る権利を認める方向にシステムを改変させています。我々がこれまでに行った子供の発育・発達・学業成績調査や出生後の父親の意識調査から、匿名による精子提供を前提とした我が国のAID治療は、それ以外の治療では親になれなかった多くの夫婦に健全な家庭をもたらし、健全な精神・身体能力をもつ子どもたちを育てる事が可能である事を示しています。また一方で、AIDの事実が明らかになったときに子供がうける痛手ははかり知れません。AIDで生まれてきた子供達が望まれてこの世にあらわれ両親に愛されて育ってきたことは事実ですが、問題が起こりうる治療である事も確かなのです。外来でよくご相談した上で手続きを行います。(原文ママ)
非常に曖昧な書き方である。実際に、最近では慶應義塾大学の精子提供で生まれた横浜市の医師、加藤英明さん(放送当時39歳)が、遺伝上の父親を知りたいとして、精子の提供者に関する情報開示を文書で求めている。TBSの『Nスタ』(2013年11月6日放送)の取材で加藤さんは、「不妊治療を受けている人たちにとっては、妊娠することしか目に見えてないかもしれない。でもそうじゃなくて、その先にあるのは“ひとりの人間が生まれる”ということ。より子どもに負担にならない納得するDI(精子提供)にするためには、子どもにできるだけ事実を伝える。そして子どもが知りたいと思ったことを受け止められる体制を作る、それが必要なのでは」と語っている。「子供が欲しい」と思う女性や夫婦の気持ちも重いが、精子提供で生まれた子供自身の言葉はもっと重い。