介護をめぐる家族・人間模様【第24話】

「ただ無性に腹が立つ」家をたたみ見知らぬ土地で暮らす、老老介護の妻

2014/02/04 19:00

■誰ともしゃべらないので歌を歌っている

 赤坂さんが気になったのは、アパートの室内が、引っ越して半年ほどたってもほとんど片づかないことだった。

「いくらお元気でも70歳を越えているのだから、引っ越した今の家の片づけくらいは息子さん一家の助けがないときついだろうと思いました。若い人だって、引っ越しは大変なんですからね。ところが息子さんが顔を出すのは、月に1回くらいだと言うんです。車で5分の距離に住んでいるにしては、意を決して家を引き払ってきた両親の元に顔を出す頻度が少なすぎないかなと思いました。まあそれぞれに事情はあるんでしょうが。息子さんが仕事で忙しいなら、せめてお嫁さんが片づけくらい手伝ってもいいのに」

 それでも遠山さんの口からは、息子やその嫁への不満は一切出なかったという。

「お嫁さんは、まだ小学生の子どもたちがいるから、あてにしようとは思っていないって。病院にはタクシーで通うし、買い物はゆっくり歩いて行く。ご主人と暮らしていくためには、自分が健康でないといけないから、歩いて鍛えておくんだとおっしゃっていました」


 それにしても、年を取って新しい環境になじむのは大変だろう。遠山さんは街に慣れたのだろうか?

「行き来するのは、スーパーと病院だけですからね。ただ、ご主人は週に2日デイサービスに通っているから、そこで誰かと会話することができるけれど、遠山さんは知り合いもおらず、ご主人以外の人と話をすることがない。それがちょっと寂しいと。それで最近は、歌を歌うようにしているそうです。なんだか切なくなりますよね」

 せめてもと、赤坂さんは自分のメールアドレスを教えたと笑う。遠山さんは、携帯を契約してメールの練習を始めていたからだ。遠山さんらしいチャレンジだ。

「青森にいた時には何とも感じていなかったけれど、友人と他愛ないおしゃべりをすることも大切な時間だったんだと今更ながら思ったそうです。『しょうがないわね。向こうでは、もう暮らせなかったんだから』と淡々とおっしゃるんです。ただ、時々言葉にならない感情が押し寄せてくるって。『私、なんでこんなところにいるんだろう』と、無性に腹が立つそうです。いつも前向きな遠山さんの深い孤独感みたいなものを感じて、かける言葉もありませんでした」

 笑って、前向きに過ごしていても、やっぱり年を取るのは寂しいことなのかもしれない。鍛えておかなければならないのは、足腰だけではなさそうだ。


最終更新:2019/05/21 16:07
『感情 (〈1冊でわかる〉シリーズ)』
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