取調室から夫を奪還、「残金50円」の逃走劇――女の“愛ゆえ”の暴走事件
日本の犯罪史に残る1つの事件に「阿部定事件」というものがある。1936年、仲居をしていた阿部定が、性交中に愛人の男性の首を締めて殺害、その後局部を切り取って逃走したという事件だ。しかし、この恐るべき犯罪者・阿部定にシンパシーを覚える女性は少なくない。そこまでして男を愛し通そうとした彼女に、心を揺さぶられるのだという。男への愛ゆえに、暴走する女――そんな女が巻き起こしてしまった、ある“奪還”事件があった。
98年1月22日、愛知県で容疑者として捕まっている夫を、警察署に単身で乗り込んだ妻が奪い取って逃走するという事件が起こった。
その日の午後、名古屋市守山区脇田町の愛知県警守山署にある2階取調室で、窃盗容疑で逮捕された乗用車窃盗グループのメンバーK(22)が取り調べを受けていた。すると午後3時頃になって、1人で取り調べを担当していた警部補(48)の携帯電話に、Kの妻であるN(25)から「取り調べ中ですか。差し入れに行きたい」との連絡が入った。これに対して警部補は、「来てもいい」と答え、Kにも電話を渡してNと話をさせた。そして電話が終わった後も、そのまま取り調べを続けた。
それから約30分後、Nが取調室に入ってきたかと思うと、いきなり取り調べをしていた警部補にスプレーを吹きつけ、ひるんだすきにKを連れ出して逃走した。使用したのは、護身用の催涙スプレーで、その時、取調室のドアは半分開いたままだったという。あっという間の出来事だった。
不意をついた行動のようだが、調べが進むうち、Nが奪還に至る経緯があったことが明らかになっていった。
まず、KとNは97年10月31日に、高級車窃盗グループの容疑者としてほかの14人とともに逮捕された。すると、Nは取り調べの最中にも「Kはどうしている」「Kとは離れたくない」などと取り乱すことが何度もあり、取調官を困惑させたという。そして、Nは見張り役程度だったため、12月18日には釈放。同25日に執行猶予付きの判決が下されてひと段落着いた。