カルチャー
[連載]マンガ・日本メイ作劇場第26回

「常識とは何か」を突き付けられる、『えっちぃ放課後』の所構わぬヤリっぷり

2012/09/30 16:00
『えっちぃ放課後(1)』(相川ヒロ、
講談社)

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。

 人によって「常識」というのは微妙に違うものだ。例えば、息を吸って吐いて、ご飯を食べたら出す、というような生きることの根源のたいていのことは常識だけれど、言質が一致してないとか、他人に迷惑がかかるとか、一般的に「罪だ」とされていることをする人は、非常識と言われるだろう。でもその間の、グレーな部分は、「やってる人が多ければ常識」といった風に、ゆらぎのあるものである。

 ここに、『えっちぃ放課後』という、タイトル見ただけでも、何が行われるのかがキラリとわかる話がある。このマンガはタイトル通り、「あらゆるエッチな放課後」について語られる短編集だ。

 えっと、自分、女子校だったんでわからないんですが、共学の放課後というのは、こんなにエッチまみれなんですか? 振り向けば、ここそこから女の吐息が顔にかかりそうなくらい、学校中がエッチであふれているものなんですか? これは常識なんですか? これじゃあ先生はさぞかし性教育とコンドームの配布に必死でしょう。

 このエッチな放課後を愉しんでる人たちは、しょっぱな昇降口で女の股間をまさぐるところから始まったと思ったら、水飲み場だの階段の踊り場だの映画館だの、非常に開放的な場所でハアハアやり始める。あまりにそれが当たり前な感じなので、読んでいるうちに、理科室とか教室なんてところは扉があるだけでもう閉鎖空間だから「サカっちゃっても仕方ないよね」と思えてくるほどである。図書館でオナニーしちゃう『甘濡れEVE』(小学館)なんて、2人じゃなくて1人だし、本棚の間に隠れてるし、実はすごく奥ゆかしい話だったんだね!

 そしてもう1つ、したためておかなければいけないことがある。 それは、このエッチな放課後の物語で語られるエッチな話は、1話を除きすべて、付き合ってもいない男女によって行われているということだ。

 少女マンガの鉄則に、「男は主人公とセックスしたら、必ず主人公を好きにならなければいけない」というものがある。主人公に対して「ちょっと溜まってただけ」とか「お前もやりたかっただけだろ?」みたいなセリフや展開は許されないのである。なぜなら、ただヤリ捨てられることが女にとって最高の屈辱であり、だからこそ少女マンガではカップルが誕生するのだ。

 しかし、こうも付き合ってもない男女がエッチな放課後を過ごす話を、次々とたたみかけてもいいんだろうか。これ読んで信じちゃったいたいけな少女たちは、「気持ちいいことしてもらったら、その後お付き合いできるもの」と思っちゃわないか? 男女の関係はそんなに甘くないことを、っていうかサカった男がどれだけ女の夢をぶち壊してくれるかという現実を、後で痛いくらいに知ることになるんじゃないか? 

 ていうかさ、まず第1話がすごい。彼氏とエッチまでいけない臆病な主人公を男子高生が「調教してやるよ」とか言って連れ回し、映画館で膝に乗せて触りまくったりとか体育館倉庫で揉みまくったりとか、そういう話なんです。これいったい誰得ですか。どう考えても男の方じゃね? 最後はきっちり校舎の用具置き場みたいなところでセックスしてるし。男子高生の皆さーん、女子高生には「調教してやるよ」で一発OKの模様です。

 しかしちょっとだけ「常識」のグレーゾーンを考えさせられる話がある。勉強ができない主人公。そしてその父親は大学教授。勉強のできない主人公には、家庭教師(男)がつきものである。父親の大学教授は、必修科目を落としそうな学生に「うちの娘の家庭教師をしたら単位をやる」とか言ったらしい。単位落としそうなアホ学生を家庭教師にしていいのかとか、そんなだらしない学生をあてがって娘の貞操は安全なのかとか、そんなことを引き替えに単位をやるのはパワハラじゃないかとか、いろいろ疑問が湧く設定である。

 案の定、主人公の部屋でべろべろやってるところに乱入した父親は、大学生に向かって「もう単位の話も卒業もなしだ!」とか怒っている。セッティングしたのはお前だろう。モラルと神経を疑いたくなる父親である。これなら娘が、時も場所も選ばずにエッチな放課後に身を任せてしまうのも仕方がないのかもしれない。

 蛙の子は蛙、非常識な父の娘もまた非常識なのである。というわけで、読者はこうした登場人物のモラルのあり方から、「そうか、こんな非常識な人たちが登場するこの話は鵜呑みにしてはいけないんだな」「だから昇降口や水飲み場でセックスまがいのことをしてはいけないんだ」ということを悟らなければいけないのである。

 ……できるかな? できねーよ!

■メイ作判定
名作:メイ作=1:9

和久井香菜子(わくい・かなこ)
ライター・イラストレーター。女性向けのコラムやエッセイを得意とする一方で、ネットゲーム『養殖中華屋さん』の企画をはじめ、就職系やテニス雑誌、ビジネス本まで、幅広いジャンルで活躍中。 『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。

最終更新:2014/04/01 11:27
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