『法廷ライターまーこと裁判所へ行こう!』刊行記念企画(後編)

「裁判は人間の業と業との肉弾戦」、社会の縮図を見続ける傍聴マニアの至言

2011/02/25 11:45
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『法廷ライターまーこと裁判所へ行
こう!』(エンターブレイン)

 前編では半日で4件の裁判を傍聴し、あらゆる人生模様を見せつけられた。後編では、『法廷ライターまーこと裁判所へ行こう!』の著者で、2年以上傍聴を続けている岡本まーこさんに、傍聴の意味、傍聴を続けることで見えてきたものなどを伺った。

――今日一日だけでさまざまな人生を垣間見たようで、すごく疲れました。特に、殺人未遂の裁判は正直しんどかったです。

岡本まーこ(以下、岡本) 血まみれの死体写真や過激な資料に関しては、一応は傍聴人に見づらいようにはなっているんですが、傍聴席によっては角度で見えちゃう時もある。裁判員制度の導入で、事件の経緯が素人にも分かりやすいように説明されるので、そういうのを目の当たりにすると「この人、本当に人を殺したんだ」と、被告人を見る目も変わりますね。

――被告人が醸しだす威圧感も、なんとなく他の犯罪者とは違うような……。

岡本 今日の殺人未遂事件の被告人は、以前に殺人を犯したと言っていたし、たぶん人生がまったく思うようにならないまま、60過ぎまで来ちゃったんだと思うんです。そのやるせなさ。自分は何も出来ないという無力感にも苛まれます。

――被告人と傍聴人が柵を隔てて一つの部屋にいる状況は、一方で「高みの見物」といった要素もありますよね?


岡本 私も最初に傍聴したときは、「自分は違う」という変な安心感を抱きました。今回の本では初心者からマニア見習いになるまでを書いていますが、傍聴初心者と今は感覚がまるで違う。

――どの辺りが変わってきたのですか?

岡本 それまでは被告人と傍聴者を隔てる柵を、「一般人は乗り越えちゃいけない壁」だと思ってたんですよ。それが傍聴を続けるうちに、そもそもあの柵は存在するのだろうかと。私と殺人未遂犯のおじいさんを隔てるものは、もともと存在しないんじゃないかと思うようになってきたんです。そう考えると、最初の時のような見世物感覚が無くなってきました。

――そういった「被告人との同一化」があるとしたら、それこそキツい内容が多い裁判をわざわざ傍聴する意味って、どこにあるのでしょうか。

岡本 被告人がどうこうというよりは、法廷全体が一つの社会なんじゃないかと思うんです。弁護士や裁判官のタイプで、裁判は180度違ってくる。経済的な余裕があれば、優秀な弁護士を雇えるわけですし。「平等」って看板を掲げていても、人間が人間を裁く時点でそういう齟齬が生じるから。それこそが社会の縮図ですよね。格差社会の縮図。


――お金や運に左右されるって、人生そのものですね。

岡本 相当大がかりな詐欺とか猟奇殺人とかじゃないかぎり、多くの裁判で被告人となるのは、「社会で生きる能力」を伸ばしてもらえなかった人だと思うんですよ。抑圧されていたり、チャンスをもらえなかったり。今の私は犯罪を起こして、仕事や家族や友人を失いたくないと本気で思いますが、もし自分が何ひとつ持っていなかったらどうだろうか。投げやりになって罪を犯すシステムみたいなものが、私たちの社会の中には組み込まれているんじゃないかって。

――傍聴という定点観測を通じてそれを感じた?

岡本 「今の社会はこんなんです」ってマスコミが提示するものを見るより、裁判傍聴はもっと肌感覚でガツンとくるんですよ。どれ一つとして同じ人間も同じ裁判もないのに、おしなべてチャンスを奪われてきた構造を持つものが多くて、個々の事犯よりもそこに興味が出てくる。そうなると、もう止まりません(笑)。気になって見続けるしかなくなっちゃって。

――人間の業の深さを目の当たりにして、嫌になったりしません?

岡本 嫌な思いをしたりショックを受けたながらも、週イチペースで2年以上傍聴している私の業も相当深いと思うので(笑)。裁判の傍聴って、人間の業と業との肉弾戦かもしれませんね。ワイセツ系の裁判にキャッキャ言ってたり、傍聴券に並びながら手づくり弁当食べていたりするカップルを見ていると、特に。

――人間って図太い生き物ですね……。

岡本 傍聴マニアって、裁判官や被告人にとっても快い存在じゃないのかもしれないけど、傍聴には「裁判が恣意的にではなく、公平に行われているのを見届ける」という大事な意味があります。悪趣味だの無神経だの言われようが、見ていることの意味は絶対にあると思う。

――裁判員裁判が始まった意義もそこに?

岡本 裁判員裁判によって、判決は変わってきたように思います。これまでだったら死刑にならなかったものが、何回か死刑判決が出ていたり。「法律の善悪」と「世間の善悪」のズレが少しでもなくなることが目的ですが、人によって善悪の判断が異なることとか、裁判員裁判を担う人の負担とかを考えると、手放しでは喜べないですよね。もし自分が裁判にかけられるとしたら、正直、裁判員裁判にはかけられたくないなぁ。プロにちゃちゃっと裁かれた方が私は納得いくかなぁ。

――自分が裁判員に選ばれたらどう思いますか?

岡本 私、模擬裁判を一度経験したんですけど、模擬でも十分苦痛だったから……悩みますね。まず自分自身の価値観があやふやなのに、さらに大勢の人たちの意見をまとめて判決にしなきゃいけないなんて。日給一万円では割に合わないくらい気が重すぎる!

――様々な裁判経験を積まれてきたまーこさん。これから傍聴を通じて果たしたい夢はありますか?

岡本 そうですね。私、日本全国の裁判所を傍聴したいんですよ。大阪と名古屋には行ったことがあるんですけど、地方ごとの違いが面白くて。

――裁判にも地方色があるんですか?

岡本 裁判官は全国を廻ってるから特色はないんですが、大阪は弁護士も情に訴えてくる人とか多くて。そのときは事件も過激なのが多かった。「カッとなってやった」的な。ホストに借金抱えさせられた女の子の彼が、そのホストの店のシャッター壊したとか。名古屋は詐欺犯罪をよく目にしたかも。それに比べると東京で圧倒的に多いのは、クスリですね。開廷表の半分以上が覚せい剤取締法で埋め尽くされる日もありますから。

――ドラッグの再犯率は50%強と言いますよね。

岡本 再犯率の多さって、ドラッグに関わらずなんです。人間って、本当に弱いんだなと痛感します。自分も持っているだろう人間のダメな部分がさらけ出されるというか、傍聴って”鏡”みたいな存在なのかもしれない。人生に迷っている時程、傍聴すれば何かヒントが見つかるかもしれませんよ。

『法廷ライターまーこと裁判所へ行こう!』

女性ならではの視点でつづる裁判傍聴記のコミックエッセイ! なんの因果か裁判の傍聴取材をするハメになったライター・岡本まーこ。初体験するや、「なにこの感覚は!?」すっかり傍聴に取り付かれるように通い始めたまーこ。あるときは被告人の涙についホロリ。うっかり情に流されることもしばしば。被告人の発言や証言に一喜一憂、ハラハラドキドキの毎日がはじまった!

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最終更新:2011/03/13 17:35