[連載]悪女の履歴書

知的障がいの義娘を食べるために殺害した継母、「群馬連れ子殺人・人肉食事件」

2013/06/30 19:00
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Photo by casek from Flickr

世間を戦慄させた殺人事件の犯人は女だった――。日々を平凡に暮らす姿からは想像できない、ひとりの女による犯行。彼女たちを人を殺めるに駆り立てたものは何か。自己愛、嫉妬、劣等感――女の心を呪縛する闇をあぶり出す。

[第14回]
群馬連れ子殺人・人肉食事件

 戦後、日本の犯罪史上において人肉食事件といえば、昭和56年の佐川一政によるパリ人肉事件が最も有名だろう。パリ留学中の佐川が友人女性を殺害した上で、その人肉をフライパンなどで調理し食したという猟奇事件。佐川の特殊な性的嗜好における人喰い、カニバリズムは大きな話題を呼んだ。

 だが、近代日本において人肉食は特殊なものであり、その多くは飢餓的状況、食糧難による人喰い事件だ。第二次世界大戦末期には補給が絶たれた南洋戦線などで、少なからぬ人喰いが行われたことが明らかになっている。だがそれは戦地だけではなかった。それが群馬県北甘楽尾沢村で起こった、継母が義娘を殺害し食べた、人喰い事件である。

 終戦から3カ月ほどたった昭和20年11月6日。地方紙「上毛新聞」にある殺人事件が報じられた。「北甘の少女絞殺 食糧難に伴ふ悲劇」と題された記事によれば、同年10月31日、地元巡査が天川藤吉(仮名54)宅の戸口調査に行ったところ、次女トラ(17)の姿がない。藤吉の内妻ハツ(32)に尋ねると「前橋に行った」と答えたが、不審な点があり追及したところ、「トラを殺して自宅ゴミ捨場に埋めた」と自供したという。


<被害者のトラは白痴で國民学校も出ず野良仕事をしたりしていたが、食料不足の為栄養不足に陥っていた>
<加害者ハツは後妻で六歳を頭に一男一女があるが、わが子の可愛さは人の常である処へ、貰子のトラは低能で物の役に立たずこの食糧難の折柄、夫婦して常に虐待していた揚句、遂に最後の手段に出たものと判明した>

 記事を見る限り、母は実子を可愛がっていたが、反面<白痴で低能の貰い子>を疎んじ虐待、さらに食糧難もあり“口減らし”のために殺害したというものだ。

 しかし、この事件は単なる連れ子の口減らし殺人などではなかった。継母は検察の追及に、「トラを殺してその肉を鍋にして家族で食べた」と戦慄すべき供述をしていた。継娘を食べるための殺害――。

 当時の新聞はこの“人喰い”についてまったく触れていない。だが、後に明らかになる“人喰い事件”の背景には、時代や家族を巡る複雑な事情が存在していた。ハツの半生は、決して幸せではなく複雑なものだった。その生い立ちは『群馬県重要犯罪史』に詳しい。

『継母礼讃』