サイゾーウーマンカルチャー漫画レビューサバイバルシーンが迷走する『リミット』 カルチャー [連載]マンガ・日本メイ作劇場第27回 説教臭い山場があるのに、スポ魂形相と謎解きが悩ましい『リミット』 2012/11/07 21:00 カルチャーマンガ・日本メイ作劇場 『リミット』(すえのぶけいこ、講談社) ――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。 このところ、子どものいじめがいっそう社会問題化している。いじめられる方の苦悩やいじめる方の心の闇について論じるのはほかの方に譲るとして、いじめの本質とは何かを考えてみよう。いじめは、いじめる側が「こいつはいじめてもいい奴」「こうされても仕方がない奴」と判断するから起こる。つまり自分の立ち位置、相手の立ち位置を勝手に決めてしまっているのだ。もちろん自分が上位である。人ってホントに都合がいいな。 しかしその立ち位置を逆転させたら、どうなるか。それが『大奥』(白泉社)である。……間違えた。『リミット』(講談社)である。 この話は、合宿所に向かう、とある高校のクラスの生徒たちが乗っているバスが谷から転落してしまうところから本格的に話がスタートする。クラスには生き生きと高校生ライフを楽しむ女子たちや、いじめられっ子がいた。そんな人間関係を描いた後に起こった事故。生き残った数人の生徒たちが、なんやかんややりながら、救出されるまでを描く。 なんだかものすごく大変そうなことが起こって、登場人物もみんな大変そう……。しかし、読んでいる方は、イマイチその大変さがわからなくてちょっぴり呑気な気持ちになってしまう物語である。 なんとか生き残った生徒たちは、とある洞窟に集合する。そこで大きな問題が起こるのである。それまでいじめられていた、やたらたくましい女子・モリコが、バスの中にあった鎌を手に入れたことから、ほかの生徒たちの頂点に立つのだ。クラスメートに対する彼女の恨みは深い。ここぞとばかりに鎌振って権力を振りかざす。 ここで読者たちは、「自分が揺るがないと信じていた立ち位置が、いつ崩れるかわからない」こと、そして「それを見越して行動するなら、自分の立場を利用して他人を傷つけたりいじめたりするべきじゃないんだ」ということを学ぶだろう。そう、この物語は、道徳的な意味ではなく、万が一やってくるかもしれない事故と保身のために他人をおとしめてはいけないと教えてくれるのだ。 でも困ったことに、このとても大切で説教臭い大きな山場は、物語の前半にさっそうと起こってしまうのである。その後方向性を見失った物語は、どっかんどっかん迷走し始める。 合宿は夏の期末テストの前に行われるらしく、生徒たちは半袖ミニスカート姿。……夜は寒そうだ。しかし昼間魚を捕りに川へ行って、全身ずぶ濡れになっても寒そうな様子はない。「そうなのか、夏だしな」と思っていると、霧に当たっただけで今度はぶるぶる震えている。ごめん、何でかよくわからないので、もうちょっと説明してほしいな。 さっきまで川で魚捕ってたと思ったら、今度は突然水不足になった。ペットボトルの水があとこれだけ、みたいなことになり、そこでまたケンカが起こる。川の水は飲めなくなっちゃったの? スネオが上流でおしっこでもしたのかな? と思ってるとまた数日後にはちゃんと川で水をくんでいる。そうか、やっぱりスネオのせいか。 途中から男子が仲間に加わり、おおヒーローがやって来た、と思っていたら何の役にも立たないし、エロいこともしないし(何のために登場したんだ!)、殺人事件が起こって突然謎解きが始まるし、物語の最初に大きな説教を食らって真摯になった気持ちを、どう期待させればいいのかがとっても悩ましいのである。 でも、一番大事なのは、この作者の漫画の見所である。この人は『ライフ』(講談社)といういじめ漫画を描いているうちに、人のものすごい形相を、ものすごいダイナミックに画面いっぱいに描くようになったのだ。形相のスポ根漫画という感じ。多分、ものすごい顔をもう少し控えめに描いてあげたら、全6巻のこの話は半分くらいで済んだだろう。ページをめくると、「そら見たことかァ!」とか言いながら画面いっぱいにモリコの豪快な笑い顔。ページをめくるたびにモリコの形相が何度も何度も……。 最後はちゃんと救出されて大団円を迎えるので、『生存者』(新潮文庫)とか『東京島』(同)の高校生夏山バージョンだと思って読んでみるとよいでしょう。 ■メイ作判定 名作:メイ作=3:7 和久井香菜子(わくい・かなこ) ライター・イラストレーター。女性向けのコラムやエッセイを得意とする一方で、ネットゲーム『養殖中華屋さん』の企画をはじめ、就職系やテニス雑誌、ビジネス本まで、幅広いジャンルで活躍中。 『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。 最終更新:2014/04/01 11:28 Amazon 『リミット』 スネオのおしっこネタ、みんな知ってる? 関連記事 「常識とは何か」を突き付けられる、『えっちぃ放課後』の所構わぬヤリっぷり時代を逆行する設定とやわらかな絵で、殺伐とした話が紛れた『夢の果て』設定の壮大さゆえに、ストーリーが小じんまり見られるメイ作『アーシアン』萌え要素はそろっていても、使い方を間違えたメイ作『パロスの剣』完璧すぎるスペックと半ズボンが少子化社会を暗示する『CLAMP学園探偵団』 次の記事 メイサTwitterが赤西ファンの標的に? >