コラム
【連載】堀江宏樹に聞く! 日本の“アウト”皇室史!!

女官の採用面接は「陰毛」までチェック? 知られざる「入浴試験」の内容とは

2024/09/07 17:00
堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)
1971年、昭和天皇と良子皇后(C)GettyImages

「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な「皇族」エピソードを教えてもらいます!  

目次

明治・大正時代の女官採用試験とは?
女官希望者は、陰毛までチェックされる
現在は宮内庁関係者からの縁故採用が多い

明治・大正時代の女官採用試験とは?

――戦前は女官を華族の肩書のほかになにを基準に選んでいたのですか?

堀江宏樹氏(以下、堀江) 河鰭実英さんという、古い時代の服飾研究で知られる学者による『宮中女官生活史』(風間書房)という書物に、驚きの女官採用試験なども紹介されていて面白いですよ。まぁ、大筋は江戸城・大奥の奥女中の採用試験とされている内容と似ているようですけどね。

 この本は、戦後の昭和天皇による女官改革などで、このままではかつての宮中の姿を誰も知ることはできなくなってしまうことを憂えた関係者から提供された、匿名の情報をまとめたものです。

――匿名じゃないと話せないことは多いですからね。大奥との目立った違いなどはありますか?

堀江 さすが万事につけて清浄を重んじる宮中だなと感じさせるのが、女官希望者の「清潔感」を徹底してチェックしたというあたりですね。もちろん、この手の風習は大奥にもあったようですが、宮中のほうがずっと念入りで執拗な気はします。

 例の本に紹介されているのは、明治・大正時代の話、それも上級女官ではなく「針女」と呼ばれ、お裁縫だけでなく、さまざまな雑務のお手伝いをする「メイド職」の採用試験なのですが……。

 それによると多くの女官志願者は、親戚などのツテで女官の採用試験を受けることになり、皇居内の一室に案内されます。そんな志望者を年老いたベテラン女官――つまり「針女」のリーダー格が出迎え、膝と膝がぴったり付いてしまうような距離で面接が始まるのだそうです。

――文字通りの圧迫面接ですね。

堀江 本当に「圧」が凄まじいのですよ。前掲書によると、親の身分、両親、兄弟親戚のことなどを「呼吸(いき)もつがせずに、根掘り葉掘りと問いだす」のだそうですが、ベテラン女官がチェックするのは回答内容だけでなく、口臭がないか、髪が匂わないか、ワキガがないかなど、体臭も確認するんですね。宮中は今も昔も清浄さが「命」ですから、その手のニオイがある場合は即座に落とされてしまいます。

 その後、お裁縫のスキルがチェックされ、ここも脱落者が出ます。脱落者には「何(いず)れその内(うち)」というのが断り文句の定型だったとか。

女官希望者は、陰毛までチェックされる

――現在の就職活動者の間で「お祈り構文」と呼ばれているものみたいで面白いですね。

堀江 そして次なる試験がなんと「入浴」なんですね。素裸にされて、かすかな体臭の類いもないか、そして肌にキズや彫り物、アザなどがないかもチェックされるのでした。

 ほかにマイナスポイントは「毛が縮れているとダメ」とか、「足がでかいとダメ」とか。長湯すぎてもダメ、体の洗い方が雑でもダメ……と、なかなかに細かったのでした。

――「毛が縮れている」とは……?

堀江 お風呂で見える毛でしょうから、おそらく陰毛も直毛に近くないとダメという意味なのでしょう。しかも入浴動作を、やはりベテラン女中が至近距離で凝視しているので、ある意味、もはやハラスメント以外のナニモノでもなかったのですね。

――天皇の側室になれるわけでもないのに、陰毛までチェックされるんですね? 本当に現在なら訴えられかねないですよね。

堀江 当時は身分の低い者に、人権など考慮されませんから。現在では絶対に許されない試験ではありますが、こういう入浴試験は一説に大奥でもあったといわれていますね。そうして難関(?)を突破した者だけが別室に通され、その様子を「針女」たちがお仕えしている上級女官たちが覗き見するのだそうです。今でいう役員面接的な何かですね。

 そして待っている様子などが、上級女官からも好評だと、定型文句で「ひとまず」と告げられ、別室に通されるのでした。ここでベテランの「針女」から「お悦びやす!」と合格を告げられ、次は何日に来なさい。その時にお土産としてもってくるものは……というオリエンテーションがなされるのでした。

現在は宮内庁関係者からの縁故採用が多い

――「お悦びやす!」……いくら東京に宮中が移転しても、内部で使われる言語は基本的に京都弁だったのですね。

堀江 正確には京都の御所言葉ですね。想像通り、宮中では京都や関西産の食物が喜ばれ、お取り寄せもされていましたが、それでも海苔は浅草産が最高とされ、ある種のせんべいも東京産に限る! という嗜好の偏りも一部でありましたので、自分の同僚になる女性たちへのお土産も浅草の海苔やせんべいだったはずです。

 さて、「針女」の仕事は宮中の雑務全般の処理や、上級女官のメイドとして、私的に雇われることなども含むのですが、お仕えする女性のことは「旦那さま」と呼ぶのが風習でした。江戸城大奥でも奥女中が私的に雑用係の女性を雇うときは、そうやって「旦那さま」と自分を呼ばせていたのですね。大奥も江戸時代以前から続いていたと思われる宮中の制度に習った部分は多そうです。

――現代ではこういう「針女」に替わるお仕事はあるのですか?

堀江 現在では「女嬬」と呼ばれる方々、そして女嬬のアシスタントである「雑司(ぞうし)」と呼ばれる方々は、さすがに入浴試験などはもうないでしょうか、基本的に宮内庁関係者からの縁故採用が多く、「お局(つぼね)」と呼ばれる皇居内の建物に世間から切り離されてひっそりと暮らし、天皇皇后のお住まいになる「お文庫」と呼ばれる建物に徒歩で通っているそうですよ……。宮内庁職員とも微妙に距離があるそうです。

 現在でも皇族の方々の私生活が神秘のヴェールで覆い隠されている理由がよくわかる気がしました。

堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『眠れなくなるほど怖い世界史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

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最終更新:2024/09/07 17:00
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