コラム
【連載】堀江宏樹に聞く! 日本の“アウト”皇室史!!

エリート女官、退職後は「新興宗教の幹部」に転身! 知られざる女官たちの「皇室史」とは?

2024/07/28 17:00
堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)
新年一般参賀に望まれた昭和天皇(gettyimagesより)

 30年来、雅子さまにお仕えしてきたベテラン女官の岡山いちさん。マスコミにも知られた有名な女官だったそうで、その勇退が報じられました。かつていたエリート女官の波瀾万丈の人生について、歴史エッセイストの堀江宏樹さんに教えてもらいます!

※2021年1月23日公開の記事を再編集しています。

目次

宮中のエリート女官、島津ハルとは?
コネと実力、女官として必須のものをすべて持っていた
「あなたには霊力がある!」洗脳されて新興宗教の幹部に

宮中のエリート女官、島津ハル

――今回からは「女官」をテーマに皇室史を掘っていくんですよね。スキャンダラスな話に期待しつつ、でも失礼に触れないようだとうれしいんですが……(笑)。

堀江宏樹(以下、堀江) 実際に、戦前・戦後直後の日本には「不敬罪」という罪がありました。天皇やその一族である皇族に失礼があると逮捕され、罰せられてしまったのです。神社や御陵を荒らすことも不敬罪となりました。

――最近、タイでも王政反対のデモに不敬罪が適用され、軍隊が出動していますよね。いろいろと大変そうです。戦前の日本では、天皇制に反対する活動家が主な対象だったのでしょうか。

堀江 そうなのですが、今回はあろうことか宮中の女官に、不敬罪の逮捕者が出てしまったという衝撃の「島津ハル事件」についてお話ししようと思います。

 昭和11(1936)年、正確には元・女官長の女性が不敬罪で捕まるという皇室を揺るがす大事件が起きてしまっているのですね。

――女官長! 活動家のイケメンのハニートラップに、たぶらかされてしまったのでしょうか?

堀江 いや、そういう話だと、夢がある気もするんですが、新興宗教絡みなんですよ。

 さっきハニートラップの語が出たけれど、戦前・戦後すぐの女官社会は外部から切り離され、閉鎖的な空気が漂っていたと思います。女官としての幸せと、女性としての幸せは両立しないイメージもありますよね。

 しかし、今回お話しする島津ハル(島津治子)は、すべてを手に入れた女といってもよいほど、盛運な人生を送ってきました。

――どんな方だったのか、ぜひお聞かせください!

堀江 島津ハルは、幕末の薩摩藩主・島津斉彬の孫にあたる貴婦人です。島津家は明治以降も鹿児島県のリーダー的存在で、島津ハルも教育者として有名でした。

 30代の若さで、私立鶴嶺女学校を創設、後には三代目校長にもなりました。業績が低迷していた女子校を志望者多数の人気校に仕立て上げ、付属の幼稚園まで作ったところで、業績を買われ、宮内省(※当時)に入ることになったのです。

 大正12(1923)年のことでした。不人気の女子校の業績をV字回復させるって、アニメ『ラブライブ!』を思い出してしまいますが、実際には難しいはず。それを成功させてしまうなんて、すごい女性だったのです。

――そんな島津ハルさんの人生が変わるのが、宮内省からのスカウトであった、と。

コネと実力、女官として必須のものをすべて持っていた

堀江 翌・大正13年には、島津家の親戚にあたる久邇宮家の良子(ながこ)女王と、裕仁皇太子(のちの昭和天皇)がご成婚あそばされます。すると、島津ハルも東宮宮女官長という重職にスピード出世しています。

――コネと実力、女官として必須のもの全てを島津ハルさんは持っていたのですね。

堀江 はい。当時の島津は青山南町に夫・島津長丸(ながまる)男爵、そして夫との間にさずかった二男四女と暮らし、妻として、母として、そして当時の日本で最高のステイタスを誇るキャリアウーマン・女官としても輝いていたのでした。

 大正15年、大正天皇が崩御なさると、裕仁皇太子が天皇にご即位あそばされます。島津ハルの仕える良子女王も皇后となりました。島津の位もあがり、彼女は皇后付きの女官長に就任するのです(正式には「女官長心得)。当時、島津は48歳。女官長としては異例の“若さ”でした。

 この時が、島津ハルの人生の幸福の絶頂期であったことは間違いありません。しかし、そのわずか約40日後に運命の暗転が訪れます。

 ちょうど昭和天皇の即位式である「即位の御大礼」を間近にした時期でした。そんな大事な時に夫・島津長丸が病を得て、急死してしまったのです。“死の穢れ”を忌み嫌うのが皇室です。その行事をとりしきるべき女官長として、島津ハルがこのまま勤められるわけもなく、泣く泣く依願退職せざるをえなくなったのです。

「あなたには霊力がある!」洗脳されて新興宗教の幹部に

――行事だけお休みして……とはいかないんですね。これまで本当に何もかも順調だったからこそ、退職はいっそう残念だったでしょうね。

堀江 そうなんですよね。島津は教育職に復帰していったのですが、その仕事だけでは立ち直れなかったようです。愛する夫とキャリアを一気に失ってしまったこの時期以降、島津は色々な宗教と接触しはじめます。その中には、怪しげな新興宗教も含まれるようになりました。

 それからしばらくした昭和7(1932)年頃のことです。

 霊媒師・角田つねという、元・助産婦の女性を紹介された島津は、彼女に洗脳されてしまったのでした。「私が三重県にある弁天滝に修行で打たれていると、東京に島津という偉大な女性がいるという神からのお告げがあった」と角田つねに言われた島津は、それをなんと信じてしまいます。

――それまでの人生で栄光の道を歩んでいたから、特別な存在と持ち上げられるとグッと来てしまうのでしょうね。

堀江 しかも「あなたには霊力がある!」といわれ、それも信じてしまうんですね(笑)。角田に島津を紹介した高橋むつ子という女性と3人で、島津は、とある新興宗教の幹部になってしまうのでした。

――女官長から、新興宗教幹部への華麗な転身となるのでしょうか……。次回に続きます!

堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『眠れなくなるほど怖い世界史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

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最終更新:2024/07/28 17:00
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