「お母さん、これ何?」謎のシールが家のあちこちに――宗教ではないと言う母だが……
“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)
そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。
目次
・謎のシールは「お姉ちゃんが帰ってくるおまじない」
・新興宗教に走るような人ではないと思っていた
・誰かが答えを出してくれるのなら、私も両親もラクなのに
謎のシールは「お姉ちゃんが帰ってくるおまじない」
宮永弥生さん(仮名・45)の母、末美さん(仮名・77)は、5年前に家を出て以来音信不通になった姉のことで精神状態が悪化し、“見える”という霊能者の「龍神さまが怒っている」という言葉を信じて、床の間に飾った龍の掛け軸に水を供えるようになった。
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次の正月に帰った宮永さんは、実家にまた見慣れぬものを発見した。
変なマークのついた、金色のシールだった。冷蔵庫やテレビ、電話……果てはトイレのドアや眼鏡ケースなど、ありとあらゆるところに貼ってある。同じマークのネックレスや水晶玉のようなものもあった。
「お母さん、これ何?」と聞くと、「お姉ちゃんが帰ってくるおまじない。このマークには神さまのパワーが込められているから、身に付けているとすべてが好転していくらしいのよ」と真顔で言う。
父に「お母さん、大丈夫?」と聞いたが、父も「別に害になるわけじゃないし、もしこれで効いたらありがたい」と言う。
龍神さまへの水は続いてはいたが効果はなかったので、また別の「見える」といううさわのある人のところに行ったらしかった。
「今回は龍神さまよりイヤな感じがしました。龍神さまに水を供えるのは、お金がかかるわけではありません。たしかに見てもらったときにかなりのお礼は払ったようですが、そのとき限りです。でも今回のシールやモノは大量にあるし、どうも集会にも行っているようなんです」
新興宗教に走るような人ではないと思っていた
会報のようなものも発見した。
「会員からの『このシールで受験に合格しました』とか『病気が治りました』とかいう声がたくさん紹介されていました。母はこれは宗教ではないと言っていますが、宗教団体とそう変わらないのではないかと感じて、大丈夫かなと……」
会報には、その変なマークの付いた商品紹介もあった。シールが1シートで数千円、水晶風の、しかしおそらくプラスチックの玉などは数万円もしていたことがわかった。
統一教会の壺が数十万とか数百万とかすることに比べたらまだマシとはいえ、このまま深入りするともっとお金がかかるようになるだろう。宮永さんは暗澹(あんたん)たる思いだった。
父も母も、地道に働いて生きてきた人だ。頭も決して悪くない。新興宗教に走るような人ではないと思っていた。姉のことがなければ、龍神さまや変なマークのパワーなどにすがることはなかったはずだ。
そう思うと、不安や弱みに付け込んで金儲けをしている奴らに腹が立つ。それでも今父母が少しでも心穏やかに暮らすには、変なマークのついたパワーが必要なのかもしれないとも思った。
自分や孫が父母の心の支えになれないということでもあるのは悲しくて寂しいことだが、100パーセント自分や孫に寄りかかられるのも困る。薄情なようだが。
誰かが答えを出してくれるのなら、私も両親もラクなのに
とにかく、これ以上変なマークの団体にのめり込まないように、時々帰って注意してみておこうと決めた宮永さんだった。
「ただ本当に“見える”人がいるのなら、聞いてみたいと思います。私や両親が、あるいは姉が何かの神さまの怒りを買って、今のような状態になっているのだとしたら、その神さまの怒りをしずめることができれば、昔のような家族に戻れるのかなとも思うんです。誰かが答えを出してくれるのなら、私も両親もラクなのにと。そんなことを思う私も、危ないですかね?」
平安時代、誰かが病気になったり、災いが起こったりすると、その原因を呪詛や怨霊のせいだとして祈祷によって鎮めようとするが、決して彼らを笑えないと思う。
そう思いつつも、次に実家に帰った時、変なマークのシールがどれだけ増えているのか……それを考えると、ただ怖い。