コラム
老いゆく親と、どう向き合う?

ド田舎の荒れた中学校の記憶――生徒をリンチのように殴る教師は、寺の住職だった

2024/01/14 18:00
坂口鈴香(ライター)
写真ACより

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

 元旦早々起きた震度7の地震。厳寒期の避難生活はどんなにか大変なことだと思う。被災者の方々に心からお見舞いを申し上げます。

ド田舎の中学校は荒れに荒れていた

 お正月は来し方行く末を考えることが多い。思えばはるか昔、筆者の実家であるド田舎の中学校は荒れに荒れていた。中学に入って初めて、授業が成立しない状態というのを経験して、のんびりしていた小学校とあまりに違う環境に大きな衝撃を受けた。

 そんななか、まるでチンピラのようなツッパリ(久々に使った)男子中学生たちが、水を打ったように静まる授業があった。Sという国語教師の授業だった。坊主頭のSは、文字通り坊主、つまり地元の寺の住職でもあった。

 そのSは、時折キレる。いや、キレるというより激昂という言葉のほうがふさわしい。とにかく何かスイッチが入ると激昂し、男子生徒を殴った。映画などでよく見る、リンチのように上等兵が二等兵を殴るシーンそっくりだった。「この非国民め!」という、当時でも耳を疑うような時代錯誤のセリフを発したこともある。いつ誰が殴られるかわからないので、教室はいつもピリピリしていた。

 一方、英語教師はハルミという性別があいまいな名前がぴったりのフワっとした男性だった。Sと違って、生徒を殴ることも怒鳴ることもなく、淡々と授業を進めていた。が、不思議なことにツッパリ男子たちも静かに授業を聞いていたように思う。

 ハルミは授業中の雑談に、自身の戦争体験をはさむことがあった。とはいえ、そう深刻なものではない。覚えているのが、「アメリカ兵に、銃を突きつけられて『Hold up!』と命令されたら、こんなふうに両手を挙げる。抵抗してはいけない」とジェスチャーを交えて、まるで世間話でもするように語っていた姿だ。

武田鉄矢さんの父も戦争の被害者だった

 そんな対照的な二人の教師を思い出したのは、太平洋戦争に兵士として駆り出された男たちが、戦後アルコールにおぼれたり、家族に暴力を振るうようになったりしていたと、その子世代による体験談を多く目にするようになったからだ。

 なかでも、武田鉄矢さんの父が、酒を飲んでは「うめき」のように戦場体験を漏らしていたという話。敵の首を切り落とす快感を話す父親が嫌でしょうがなかったという告白には大きな反響があったようだ。

 思えば、Sもハルミも大正生まれだった。兵士として過酷な体験をした世代だ。淡々と「Hold up!」と言ったハルミも(しかも英語教師とは思えない日本人風の発音だった。「ほーるだぷ」と表記した方が正しい感じ)、ぬぐい去れない戦争の記憶があったに違いない。「ほーるだぷ」は、忘れられない恐怖体験だったのではないか。そして高ぶる感情を抑えきれず、こめかみに青筋を立てて生徒を殴っていたSは、生徒だけでなく家族も殴っていたのではないだろうか。住職として何度となく唱えてきただろうお経も釈迦の教えも、Sを救うことはできなかったのか――。

 筆者が彼らの授業を受けていたのは、昭和50年ころ。あの戦争から30年たっていたが、まだ30年しかたっていなかったともいえる。Sもハルミも、ギリギリのところで精神の均衡を保っていたのかもしれないと、改めて思う。PTSDという言葉もなかった時代。彼らもまた戦争の犠牲者だったのだろう。

 と、ここまでは長い前置き。小澤千鶴さん(仮名・52)は、亡くなった父親が残した日記を、一周忌を前にして改めて読んでいた。すると、驚くべき記述を発見したという。

「父の姉が若いころ、病気で亡くなったのは知っていたんですが、実は父の父、私の祖父が死なせていたということがわかりました」

(後編に続きます)

坂口鈴香(ライター)

終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

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最終更新:2024/01/14 18:00
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