闇金おばさん、初の取り立て現場で見た「マイメロディと不動明王」――思わぬ一言で修羅場回避
「あの業者が、父の不動産にまで手を出していたとは気づきませんでした。このまま登記を完了されていたら、すべて終わっていたと思います。伊東さん、あなたは私の恩人です。これで決済してきますので、今後もいろいろと助けてください」
みなさんが応接室に入ってまもなく、お茶を出しに伺うと、矢越さんが伊東部長の手を両手で握って泣いていました。どうやら父名義の自宅不動産が登記中であることを知らなかったようで、これも勝手に小切手を振り込んできた業者の仕業だろうと、紹介者である祥子さんも憤慨しています。
その後、約束通りに他業者からの借り入れを決済して事なきを得た矢越さんでしたが、ウチから借りた金員の決済は長期にわたって叶わず、毎月6パーセントの金利と3万円の車庫代を支払い続ける羽目に陥りました。どうやら思い入れのある車らしく、手放すわけにはいかないと、無理な金策を重ねていたようです。案の定、半年ほど経過したところで、矢越さんの名前を不渡速報で目にすることになりました。
「社長、写真事務所の矢越が不渡りです。残債は200万、担保車の評価は、現在130万です」
「保証人の保険屋とは、連絡つくのか?」
「いえ、自宅も携帯も電話が止まっていまして、連絡が取れない状況です」
「とりあえず、本人と保証人のところ、両方行って様子を見てこい。どちらかでも捕まえたら、すぐに保全を図れ」
社長の指示により、矢越さんの自宅には伊東部長と武闘派の藤原さんが向かい、連帯保証人である祥子さんのところには、イケメンの佐藤さんと私が向かうことになりました。
「女の相手をするには、女が一緒にいたほうがいい。るり子さん、佐藤と一緒に行ってくれるか?」
「はい、わかりました。何もできませんけど……」
取り立て現場への同行を命じられたのは初めてのことでしたが、佐藤さんと一緒に車で外出できることがうれしくてたまらず、浮かれ気分を堪えながら秘かにデート気分を堪能したことを思い出します。
マイメロディと不動明王
「ここだ」
祥子さんの自宅は、S県内の住宅街にある一戸建てで、その洋風の建物は周囲から浮くほどに装飾されていました。バラと蔓草に覆われた門扉の先には、マイメロディをはじめとするサンリオキャラクターの置物が数多く並んでおり、一見してわかるほどにマニア感が漂っている状況です。その先にある玄関扉には、いわゆる企業舎弟系金融会社の社名と連絡先が書かれた貼り紙がされており、せっかくの可愛らしい雰囲気も台無しにしていました。
「もう入られちゃってるよ」
どこか緊張した様子の佐藤さんが、祥子さん宅のインターフォンを鳴らすと、低い声の男性に応答されます。
「どちらさん?」
「金田総業と申します。祥子さん、おられます?」
「なんの用かの?」
「お宅には関係ない話ですよ。ご本人がいるなら出してもらえますか?」
するとまもなく、短めのパンチパーマをかけた体格のいい男が、出刃包丁を片手に裸で出てきました。両肩口から二の腕にかけて魚の鱗のような刺青が入っており、首から胸にかけても、数珠上のネックレスと「正」という漢字のペンダントが描かれています。
「お前ら、どこのもんじゃ? ここは、渡さんぞ」
「金田総業と申します。そんなつもりで来たわけじゃないので大丈夫ですよ。お宅様は、どちら様で?」
「ただの留守番じゃ。ここの人らは、たくさん摘まんで飛んだらしいど。わかったら、とっとと帰れ」
踵を返して屋内に戻ろうとする男の背中には、大きな不動明王の刺青が描かれており、その見事さに思わず見とれてしまいました。実家が不動信仰者の葬儀屋で、幼少期から真言宗系のお寺に出入りしていたこともあって、お不動様は私にとってもなじみ深い存在なのです。
「まあ、お不動様!」
「なんや、姉ちゃん。刺青好きなんか? お世辞言うても、入れてはやらんぞ」
つい口に出てしまった呟きを拾われ、足を止めて振り返られたときにはドキリと心臓が跳ね上がりましたが、その顔を見れば喜びを隠せていません。