コラム
老いゆく親と、どう向き合う?

オープンダイアローグで居場所を見つけた――虐待されて育った女性が「どんどん変わっていっている」と語るワケ

2023/07/02 18:00
坂口鈴香(ライター)
Getty Imagesより

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

 幼い頃から両親に壮絶な虐待を受けてきた黒沢美紀さん(仮名・45)。彼女が受けた傷は、まだ癒えたわけではない。脳梗塞の後に自宅で転倒し骨折した父・昇二さん(仮名・75)とはどうしても会わざるを得ないこともあり、会うと暴言を吐かれ、フラッシュバックを起こしそうになる。

 そんな美紀さんだが、昨年から「オープンダイアローグ」という心理療法の当事者スタッフとして活動している。そこで、本当に安心できる居場所ができつつあるのを感じているという。

最初は毎回パニックを起こしていたが……

 美紀さんが当事者スタッフとして参加しているのは「りすにんぐファーム」という団体だ。「ダイアローグで使われている『対話の枠組み』を活用して、どんな人でも日々の生活の中で安心感を得られるよう、いろんなワークを実施して、日々の心の健康を整える場」だという。その中で美紀さんは「経験専門家(精神疾患当事者)」として何種類かのワークのファシリテーターをしているそうだ。

「最初は、肩に力を思いっきり入れていて、とても緊張し、テンションも高かったと思います。不安で仕方がなくて、何かテンションを上げることで鎧をまとった状態になっていました。自分の生い立ちのことも話したのですが『そんな大変なことをハキハキとおっしゃっているのが……』と主宰者の“なりさん”にご心配をおかけしました」

 そこで主宰者“なりさん”は、美紀さんに「経験専門家」第1号として、ファシリテーターをしないかと声をかけたのだという。「やります!」と意欲満々だった美紀さんだったが、彼女いわく「ドツボにはまって」しまう。

「毎回パニックを起こしてしまったんです。ただ、私がパニックを起こしているというのは、ほかの参加者から見るとわからないようなのですが。私、なりさんに嫌われるのが怖くて、身動きが取れなくなり、ファシリテーターを降りたんです。でもその間、りすにんぐファームの皆さんが私のことを見守ってくださり……思いやりの温かさに触れることができました。そして、この場所が私にとって安心できる居場所になっていくことを確信し、もう大丈夫だろうと復帰したんです」

自分がどんどん変わっていくのを感じる

 美紀さんの“居場所”を見てみたいと思い、リフレクティングワークに参加してみた。美紀さんは驚くほど冷静にファシリテーターを務めていて、パニックを起こすというのが信じられなかった。美紀さんのおっとりとした優しい声に包まれると、参加者にとっても心安らぐ場となっているのだろうと思えた。

「話したことに対して応答が返ってくるので、自分一人では堂々巡りだったことが、リフレクティングしていただくことで軽くなったり、違う視点を与えてもらったりして、すごく楽になる経験はたくさんしています。私は生い立ちや病気のせいで、過緊張が強くあり、『りすにんぐファーム』に参加し始めた当初は、極度にドキドキしていました。それがいつからか、『りすにんぐファーム』の輪に入れてもらえている感じができてきて、だんだんそこが私の居場所になりました。居場所ができるって、すごいことですよね」

 精神科医・森川すいめい氏は、著書『感じるオープンダイアローグ』(講談社現代新書)で、オープンダイアローグによる効果をこう説明している。

“対話では、困難な状況を聞きつつお互いに理解を深めながら、その始まりや背景を探していったり、気持ちを話したりしていくことになるでしょう。すると、困難でどうにもならないと思っていた現状や未来への理解が相互に促進され、何とかなるもしれないと思うようになるかもしれません。そうなれば、結果として精神面の困難は軽減されていくでしょう。”

 同じく精神科医の斉藤環さんが解説する『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』(医学書院)によれば、「対話を続けるだけでいい」「変えようとしていないからこそ変化が起こる」という。「対話の目的は、対話それ自体。対話を継続することが目的です」。

 まさに「私、『りすにんぐファーム』に参加するようになってから、どんどん変わっていっていると思います」という美紀さんの言葉がそれを裏付けている。

 最近、美紀さんは新しい仕事を始めた。

「体を動かす仕事をやりたいと思っていたんですが、理想にぴったりの求人票を見つけたんです。条件的にもよくて、『まるで私のためにあるような仕事だ』と直感して応募すると、面接担当の方からも気に入ってもらえて、とんとん拍子に決まりました。新しい環境に飛び込むのは緊張しますが、うまくいくといいなと思っています」

 昇二さんとの関係は解決したわけではない。これから先、昇二さんが老いていくにつれて、また困難な問題は持ち上がるだろう。それでも美紀さんの居場所が一つでも増えていけばいいと思う。

りすにんぐファーム:https://listening-firm.com/

坂口鈴香(ライター)

終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

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最終更新:2023/07/02 18:00
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