闇金の本当にあったコワい話――社員を青ざめさせた、債務者の“呪詛”とは?
デイリー広告社に対する貸付残高は、350万円。その内訳は、奥さんと義父母を連帯保証人にした信用融資の貸付残高が200万円と、自動車担保による貸付残高が150万円で、金利や車庫代の支払いに遅れはありません。手慣れた様子でファイルを開いた佐藤さんが、関係先一覧をホワイトボードに書き始めると、デイリー広告社の保全状況が明らかになりました。
都内にある40坪ほどの自宅不動産は、社長夫婦と義父母の共有名義で、どうやら奥さん方の両親と2世帯住宅で暮らしているようです。担保に預かっている車は、トヨタのクラウン。ほとんど新車ながらも、いわゆるとかしの車(自動車販売店やローン会社の所有権が留保されて名義変更できない車、名変不可車、金融車ともいう)で、とかし屋(名変できない車を買い取って転売する闇稼業)による買取評価は180万円とされていました。
「ウチを頼って一番に相談してくるとは、ありがたい話だな。いままで、いい付き合いをしてきたかもしれんが、飛ぶ(倒産するということ)のは時間の問題だろう。こいつの自宅、家族と4分の1ずつの共有名義だから、占有はしんどいぞ。いまあるカネは全額入金させて、信用分は決済させろ。最近は、トヨタもうるさいから、クラウンの残高も減らしておけ」
「はい。とかし屋の井上は、上物のクラウンだから、もう少し(値段を)つけられるかもと言ってくれています。デイリー広告社にも、できるだけ多く入金させますので」
追い込まれた社長を待つ闇金の罠
おそらくは全額回収できる自信があるのでしょう。冷酷すぎる社長の指示に、まるで動じることなく応じた部長は、300万円を内入れさせる内容の計算書を用意するよう私に指示しました。どうやら再貸付に応じることなく、所持金すべてを取り上げると決めたようで、これから来社される中尾社長のことを思うと胸が痛みます。どのように説得するのかわかりませんが、まもなく展開されるだろう修羅場を目前にして、この場から立ち去りたい気持ちに駆られました。
その一方、もうすぐ来るからとホワイトボードを裏返しにした伊東部長は、感情を失くした顔で中尾社長の来社を待ち受けています。
「ごめんください。伊東部長とお約束しているデイリー広告の中尾と申します」
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
53歳だという中尾社長は、白いポロシャツに赤いダウンジャケットという軽装で、テレビマンのような雰囲気を持つ方でした。服装の影響なのか、年齢よりはお若く見えますが、資金繰りに奔走し、憔悴した顔に生気はありません。応接室に案内してから、熱いコーヒーを入れて差しあげると、テーブル上に会社のゴム版や実印、手形帳を出し終えていた中尾社長は、腕を組んで黙想したまま動じませんでした。
「社長、お疲れのようですね。大丈夫?」
「はい、大丈夫です。ここは暖かいし、ちょっと安心したら眠くなってしまいました」
「形だけでも一度決済しないと再貸付はできないので、用意できた300万円、とりあえずお預かりしてよろしいですか」
「はい、お願いします」
「話が違うじゃないですか! ウチの会社、倒産しちゃいますよ!」
私の席は、間仕切りに囲まれた応接室の隣にあるため、意識せずとも2人の会話が耳に入ってきます。いつにも増して堅苦しい雰囲気を醸し出している伊東部長が、300万円の領収証を持って応接室に戻りました。それからまもなく、再貸付ができない旨を伝えると、中尾社長が大きな声を出されて状況が一変します。
「伊東さん、話が違うじゃないですか! いま貸してもらえないんじゃ、ウチの会社、倒産しちゃいますよ!」
「社長、申し訳ない。うまくやるつもりでいたけど、御社の信用状況が急激に悪化していてさ。もう隠しきれない状況なんだよね」
「そんな、ひどい! じゃあ、せめていまの300万だけでも戻してくださいよ。それが私の全財産なんです。お願いします」
「本当は、急に信用状況が悪化したから、今すぐ全額決済してもらえって言われているところでさ。本音を言えば、残りの50万円も片付けてもらって、とかしの車もお返ししたいところなの。社長、申し訳ないけど、私の立場もわかってよ」
ひどい、なんとかしてくれと繰り返す中尾社長に、ごめん、できないと返し続ける伊東部長の押し問答は、それから1時間ほど続きました。その間、ほかの営業社員たちは聞き耳を立てるでもなく、新規顧客を獲得するべくテレアポに集中しています。
「こんなのひどい。伊東さん、恨みますよ」
「恨むのはいいけどさ。クラウンも、なるべく早く決済してくださいね。もし不渡を出したら、期限の利益が喪失されて、すぐに売らなきゃいけなくなっちゃうから」
「400万で買ったばかりの車を、たった50万で取り上げるんですか? 伊東さん、あんた本当にひどい人だな」
眉間にしわを寄せ、目を三角にした中尾社長は、怒りに体を震わせながら事務所をあとにしました。きっと、内心はつらかったのでしょう。エレベーターに乗り込む中尾社長を見送り、一連のことを社長に報告した伊東部長は、私にコーヒーを入れるよう頼むと、どこか不機嫌な様子でタバコに火をつけました。目を閉じたまま、煙を深く吸い込む姿を見て、少し心配になったことを覚えています。