コラム
【連載】堀江宏樹に聞く! 日本の“アウト”皇室史!!

朝日新聞のスッパ抜きに宮内庁は激怒! 天皇ご本人にも伏せられた“事実”に皇族の反応は……

2022/12/17 17:00
堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な「皇族」エピソードを教えてもらいます!

昭和天皇と3世代によるご家族写真(C)GettyImages

――前回から昭和天皇崩御の前後におけるマスコミによる病状の報道を、雑誌記事中心に振り返っています。1987年に開腹手術を受け、「腸の通過障害」の除去に成功したと報道されていた昭和天皇ですが、89年9月、大量の吐血を何度もなさったことで「重病」であるという事実が世界中に知れ渡り、騒然となりました。

堀江宏樹氏(以下、堀江) それまで「回復中」だと宮内庁が発表していたにもかかわらず、実際は真逆だったということが問題視されたのだと思います。

 朝日新聞・共同通信社が、昭和天皇の病について実は「膵臓がん」だと報道した時、報道協定を破られた宮内庁は激怒しました。その事実がその時までは陛下ご本人には告知されていなかった可能性もあったようです。

 また、昭和天皇の「本当の病名」や「容態」は、陛下とは叔父と甥の関係である三笠宮寛仁親王にも、微妙に伝わりにくい状態だったらしいことが、親王のインタビュー記事からわかるのでした。

――寛仁親王によると、皇族の区分である「内廷皇族」と「内廷外皇族」で、与えられる情報に差があったとか。ほかにも、たとえば「内廷外皇族」の場合、陛下のお見舞いに出かけても、面会できないこともあったようですね。

堀江 「週刊読売」(読売新聞社、88年10月9日号)によると、「皇后さまのいとこ」の旧皇族の方々が皇居にお見舞いにこられたものの、陛下が9月に危篤になった直後の段階では、面会が許されたという情報は見つかりませんでした。

 一方、昭和天皇の(元)皇女(四女)の池田厚子さんは、当時の身分は「一般人」でしたが、それでも昭和天皇の病室に駆けつけ、病床の陛下と面会なさいました。また三女の鷹司和子さん、五女の島津貴子さんも池田さんに少し遅れて到着、陛下にご対面なさるということがありました。(元)皇女の方がたは陛下の手を握り、お励ましになったそうです。

――皇族であるかよりも、近親であることが重視されたみたいですね。

堀江 島津貴子さんは「週刊読売」のインタビューに答え、陛下には「ほんの短時間」面会できただけだったが、「直接お目にかかったところ、意識もしっかりしておられ、ホッとしました」という談話を残しました。一方、病名などに関して「宮内庁からは、まだ何の連絡もありません」とのこと。

 池田厚子さんは「(昭和天皇が)早くお治りになるよう願っています」とも言っているので、もしかしたら、一部の報道機関で報じられた「天皇が末期がん」という事実は、肉親(あるいは肉親の一部)にも長い間、伏せられ続けていたのかもしれませんね。もちろん、すべてわかっていても、娘として、父親の奇跡の回復を願う本心がそう言わせたのかもしれませんが……。

――現代と、昭和末期の病状の公表についての感覚の違いには驚きますね。

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