コラム
老いゆく親と、どう向き合う?

老人ホームに誕生した85歳女ボスの“戦略”「占いができるから、見てあげる」

2022/09/11 18:00
坂口鈴香(ライター)

 土屋さんは「私は占いができるから、見てあげる」と言うようになったのだ。認知症による思い込みではない。もちろん、年相応の物忘れはあるが、逆に“戦略的”だったと言うと穿ちすぎだろうか。

 この言葉に反応したのは、女性職員たちだった。もちろん興味を示さない職員もいたが、土屋さんに手相を見せたり、生年月日を教えたりして、話し込む職員の姿が見られるようになった。半信半疑ながらも当たったらラッキーくらいの気持ちだったのかもしれない。

 老人ホームの職員は忙しい。入浴に食事介助、おむつ交換などのスケジュールに追われ、ゆっくり入居者と会話する時間も余裕もないと嘆く職員は多いが、時間を見つけては土屋さんのもとに寄って、恋愛や子育てなどちょっとした悩みごとを相談する職員が目立つようになった。

 占いがどこまで当たっているのかはわからない。それでも、土屋さんの物言いはハッキリしているし、長い人生経験から的を射ていることが多く、女性職員たちはすっかり信じ込んでいるようだった。介護される側だった土屋さんと立場が逆転した格好だ。職員に囲まれることの増えた土屋さんは、目に見えて生き生きとしはじめた。ほかの入居者にも自分から積極的に声をかけるようになった。

 そして手相を見ては、「大丈夫、長生きするわよ」などと言って、余裕たっぷりにほほ笑む――ホームの“ボス”の誕生だ。

 リハビリにもいっそう力が入るようになり、歩ける距離も伸びた。自信をつけた土屋さんは、家族に自前の歩行器を買ってほしいと言うまでになった。あまりお金をかけたくない家族は、購入を渋っているらしいが……。

 ホームの管理者は、そんな土屋さんや職員を複雑な思いで見ている。土屋さんが生きがいを取り戻したのだから、占いをするのは決して悪いことではない。どんなホームにも仲良しグループやボスが存在するのは事実だ。

 土屋さんの生存競争に勝つ力のようなものに舌を巻きながらも、どこかで職員に占い規制をしないといけないだろうとも考えている。そのときに土屋さんがどう出るか、期待する気持ちもある。お手並み拝見、だ。

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坂口鈴香(ライター)

終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

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最終更新:2022/09/11 18:00
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