韓国人との「区別」、詐欺・セクハラ被害……映画『ファイター、北からの挑戦者』に映る “脱北者”の現実
現実の韓国では、社会の至るところに脱北者に対する「差別」が潜んでいる。しかも、意図したわけではないだろうが、国の制度自体が差別を助長する一つの原因になった事実もある。韓国には、日本のマイナンバーのような「住民登録制度」があり、役所に出生届を提出すると一人ひとりに13桁の固有の番号が振り当てられる仕組みになっている。番号には誕生日や性別、出生地を表す地域コードが含まれるのだが、脱北者は共通してハナウォンの所在地のコードが含まれ、住民登録番号だけでその人が脱北者であることが瞬時にわかるようになっていた。
この制度によってどれほどの「就職差別」が生まれたかは言うまでもない。資本主義社会で自立するために就職は欠かせないにもかかわらず、番号によって最初から差別され、脱北者の自立を阻む事態となってしまった。実際に就職差別を受けた脱北者が、生活に困って自殺するケースも報告されている。問題の深刻さに気づいた韓国政府は09年、ようやく住民登録番号での区別を廃止したが、だからといって差別がなくなったわけではない。制度上の「区別」は、差別を最もわかりやすく可視化した例にすぎないのだ。
またもう一つの大きな問題は「詐欺」だ。脱北者にはそれぞれの事情に合わせて「定着支援金」が政府から支給されるのだが、それを狙った脱北ブローカーによる悪質な犯罪が後を絶たない。本作でもジナが中国の父を呼び寄せようとブローカーに頼むシーンがあるが、残した家族を呼び寄せるために戦々恐々とする脱北者の焦りを利用して「韓国に連れてくる」からとお金だけをだまし取る詐欺は非常に多く、命懸けで韓国にたどり着いた脱北者の中には、差別や詐欺に遭って中国、あるいは北朝鮮に逆戻りする「脱南」をせざるを得なくなる人もいる。
最近は、映画でジナが不動産屋からセクハラを受けたように、弱い立場の女性脱北者に対する性的暴行事件も発生するなど、多くの深刻な問題が露呈し続けている。本来は「同じ民族」なのに、である。
問題は根深く複雑で、解決への道のりは遠い。だが、目の前の壁にひるまず立ち向かおうとするジナを、差別のないまなざしで見守るテスの存在は、本作に込められた答えであり、願いであろう。そして日本においても、かつて北朝鮮への帰国事業が盛んだった時分に、朝鮮人の夫と共に北朝鮮に渡り、その後脱北した日本人妻という存在がいることを忘れてはいけない。拉致問題などで日本と北朝鮮が対立する中で、沈黙を強いられている彼女たちの存在は、脱北者の問題が決してひとごとではないことを、日本にも訴えかけているはずである。
崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。