韓国人との「区別」、詐欺・セクハラ被害……映画『ファイター、北からの挑戦者』に映る “脱北者”の現実
<物語>
脱北者の支援施設を出て、ソウルで一人暮らしを始めたジナ(イム・ソンミ)。食堂で働き始めるが、脱北して中国で身を隠している父を韓国に呼び寄せる資金を稼ぐため、さらにボクシングジムの清掃の仕事を掛け持つことに。ジムでのトレーニングの様子を目にしたジナは、少しずつボクシングに魅了されていく。やがてトレーナーのテス(ペク・ソビン)や館長(オ・グァンノク)に勧められ、戸惑いながらもジナはリングに立つことを決心する。
一方ジナには幼い頃、家族を捨てて脱北し韓国で再婚して暮らす母(イ・スンヨン)がいた。母と再会するも心を開くことができないジナだが、ボクシング練習に励み、ついにデビュー戦を迎える。果たしてジナは、ボクサーとして韓国での新たな人生に挑むことができるだろうか?
「脱北者」といえば、ややもすれば重くなりがちなテーマであるが、ユン・ジェホ監督は単に「脱北者」としてだけではなく、韓国という不慣れな土地でボクシングを通して再出発しようとする一人の「女性」に焦点を合わせ、温かいまなざしで描いている。監督はジナと母を通して、朝鮮戦争がもたらした家族の離散と再会、その後に起こる問題は決して過ぎ去ったことではなく、脱北によっていつでも起こり得る韓国社会の現在的な問題であることを提示している。脱北という特殊な状況ではあるものの、家族という普遍的な存在を通して描くことで、彼らが抱えている問題や絆がごく自然に観客に受け入れられるのだろう。
こうした現実の問題とドラマの絶妙なバランスは、家族を脱北させるために「脱北ブローカー」になった女性を収めたドキュメンタリー『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』(16)や、脱北女性と息子の再会を描いた『ビューティフルデイズ』(18)、そして本作と、連続して脱北者をテーマに取り上げてきたユン・ジェホ監督だからこそ、深い知識と理解の上に実現できたといえるかもしれない。
さらに1カ月半ものトレーニングを受けてジナ役に挑んだというイム・ソンミの演技も評価され、釜山国際映画祭では主演女優賞とNETPAC賞を同時に受賞した。彼女は大ヒットドラマ『愛の不時着』(Netflix)にも出演し、日本でも注目を集めている。